八重子十種
鹿鳴館
水谷八重子が半年の静養の後、すばらしい快癒ぶりで勤めた作品である。文壇の鬼才三島由紀夫の作品独特の様式化の強い台詞を万全の品格を持って芸友文学座の杉村春子のそれとは別に見事に演じきった水谷八重子の影山朝子は明治期の華やかな衣裳を凌駕して余りがあった。
八重子初演=昭和37年11月新橋演舞場
あらすじ
明治19年11月3日の天長節。宮中の祝賀会の後、影山伯爵の妻である朝子は大徳寺侯爵夫人季子とその令嬢顕子から折り入って相談を受けた。顕子には恋人がいるが、その青年が反政府の自由党に入り、今夜鹿鳴館で行われる影山伯爵主催の夜会に乱入し、伯爵を暗殺する計画を立てているのだという。その暴挙から青年を救うため、朝子に協力を頼んできたのである。その青年が自由党の頭目である清原永之輔の息子、久雄だと聞いて朝子は愕然とする。20年余も前、新橋の芸妓だった朝子は清原との間に子までもうけた仲だったが、引き離されて影山の妻となったのであり、その息子が久雄なのである。やがて姿を現した久雄に朝子はすべてを打ち明けた。久雄は清原の本妻から冷遇されており、今夜も実は父清原を殺すことが真の目的だと告白する。朝子は久雄をなだめて帰した後、ひそかに清原を呼び出す。二人は二十年ぶりに再会したのであったがお互いの愛情は失われてなかった。朝子は久雄が父を殺そうとしていることは隠して、今夜の鹿鳴館のことは情報が知られているから中止をして欲しいと頼んだ。朝子は夫の政治には無関心で、社交界にも一切顔を出さないことで有名だったが、今夜は清原のために夜会の主人として出席することを決意する。一方影山は久雄の父に対する憎悪を利用して清原を暗殺する計画をひそかに企んでいた。朝子の説得で一度は暗殺をあきらめた久雄は影山の計略で再び暗殺を決意する。そして夜会の最中、暴漢が息子とはしらない清原の返り討ちにより久雄は撃ち殺されてしまう。すべてが影山の陰謀だと知った朝子は夫に決別を宣言し、清原のもとへ行く決意をする。その頃、最愛の息子を自らの手で殺してしまった清原はすべてに絶望し、自殺していた。何も知らない朝子とともに華やかな鹿鳴館の夜は更けていくのであった。