八重子十種
明日の幸福
戦禍の様相漸く癒えた昭和29年の新派の舞台にも新しいホームドラマとして登場したのがこの作品である。昭和29年11月明治座で小堀誠、花柳章太郎、水谷八重子、伊志井寛(かん)、花柳武始等によって初演。中野実(1901~1973)の巧みな人物配置が好評を博し、当年の毎日新聞・劇作賞にも選ばれ、新派自体も芸術団体賞を受けた
八重子初演=昭和29年11月明治座
あらすじ
昭和30年頃のこと、経済同友会の理事長を務める松崎寿一郎(じゅいちろう)の家はその息子寿敏と妻恵子、孫の寿雄と富美子の三組の夫婦が同居する家である。寿一郎は当時の家族らしく一家の権力者として君臨していた。ある日寿一郎が国務大臣に決まりそうだとの知らせがくる。寿一郎は推薦してくれた政治家に家宝の埴輪を贈ろうとするが淑子(よしこ)が大反対をする。その反対をものともせず埴輪を蔵から出させるが、結局大臣の話は雲行きが怪しくなり、埴輪は恵子が蔵にしまう。がそのときに落として脚を壊してしまう。それから一ヵ月後、寿敏のもとに考古学者が埴輪を見たがっているとの連絡があり、快諾した寿敏に恵子はすべてを打ち明けることを決意するが来る途中に怪我をしたとの連絡が入り、告白する機会を失ってしまう。恵子のかわりに今度は富美子が埴輪をしまうが、突然帰ってきた寿雄に驚いて箱を落としてしまった。ある日ついに埴輪の件が寿一郎の知るところとなる。自分が割ったと思い覚悟した富美子は正直に告白し、それをかばう寿雄の姿を見て恵子は自分が割ったと名乗り出る。その時、淑子が泣きながら自分が割ったと告白する。埴輪を割ったことを告白できない家庭環境からどんなにつらい毎日を送っていたかと思い、恵子は家族の明日の幸せのために埴輪を叩き壊す。そこへ寿一郎が本当に大臣になったと新聞記者が押しかける。女三人は高らかに笑うのであった。