花柳十種
あじさい
永井荷風の原作を久保田万太郎が脚色し、昭和28年5月に新橋演舞場で初演。義太夫の三味線弾きの鶴沢宗吉と下谷の芸者君香の物語。
花柳の役=君香
あらすじ
大正の中頃、本所石原附近の荒物屋の二階に、下谷月の家の芸者君香と義太夫の三味線弾き鶴沢宗吉が隠れ住んでいる。君香は箱無しの枕芸者で、毎夜客が変わるうちに宗吉と惚れあい、抜き差しならなくなったのだ。ある初夏の日、君香の留守中、新橋でも姐さん株の芸者で宗吉と深い中の丸治が宗吉を探し当てて乗り込んできた。丸治は女が出来たのならその女に熨斗をつけて進上するから代わりに一筆書けと宗吉に迫った。男にしてみれば面子が立たないが、宗吉は君香を救いたい一念でその金に証文を書くのであった。一方君香は、彼女を鞍替えさせようと企む周旋屋の山崎と、宗吉より前に馴染みを重ねて以来君香が忘れられなくなった〆蔵が後をつけていることなど気づきもしないのだった。
宗吉がわずかな日銭を稼ぐために流しに出掛けていったある日、貧乏世帯の二階に〆蔵が現れた。〆蔵は君香を再び口説きに来たのだが、あまりの貧乏所帯を見て言い寄れなくなる。そして数日後、君香は再び芸者に出る決意をするのであった。
その年の冬、小園と名を変えて葭町の房花屋から座敷に出た君香は、荒物屋の二階を訪れるのが次第に減り、やがて全く絶えるようになってしまった。宗吉は山崎から、君香が房花屋の主人と深い仲になり、そのため女房は家出、抱えの芸者たちも去って家運が傾いてしまったという話を聞かされても、君香が悪い女だとは思えなかった。どうやって落ち合えたのか厩橋近くの河岸で君香と二人きりになった宗吉は君香を問い詰めるが、君香が一言も発せずに立ち去ろうとしたことに逆上し、君香を刺してしまう―
そこで宗吉は眼を覚ました。今のはうたた寝の悪夢だったのだと思ったのもつかの間、外が騒がしくなり、君香が殺され、犯人の〆蔵が連行されていった事を知った。宗吉はふらふらと野次馬たちの後を追っていくのであった。