名セリフ
新派の作品には数多くの名セリフが登場します。ここではその名セリフを抜粋してご紹介いたします。
『婦系図(おんなけいず)』湯島境内の場
名作『婦系図』の中で、最も有名な「湯島境内の場」。お蔦と主税の切ない別れの場面です。
- お蔦
- いい月ね。ああ、いい景色…ちょいとごらんなさいよ、この景色を。
- 主税
- あゝ、なるほどねぇ。
- お蔦
- 嫌だ、初めてでも気がついたようにさ、あなた今夜はよっぽどどうかしているのねぇ。
- 主税
- どうかもしようよ、月は晴れても心は闇だ。
…………………………(中略)…………………………
- 主税
- お蔦。
- お蔦
- あい?
- 主税
- 俺はお前に話がある。
- お蔦
- 話なら家へ帰ってからだってできるわ。さ、帰りましょう。
- 主税
- お蔦。
- お蔦
- なによう。
- 主税
- 俺はもう、死んだ気になってお前に話す。
- お蔦
- そんな冗談言ってないで、さあ。
- 主税
- 冗談じゃない。どうか俺と別れてくれ。
- お蔦
- 別れる?……からかってないで、早くうちへ帰りましょうよ。
- 主税
- そんな暢気な場合じゃない……本当なんだ。どうか俺と縁を切ってくれ。
- お蔦
- 縁を切る?貴方気でも違ったんじゃないんですか。
- 主税
- 気が違えば結構だ。……俺は正気でいっているんだ。
- お蔦
- そう、正気でいうのなら、私も正気で返事をするわ。そんなことはね、いやなこってす。
…………………………(中略)…………………………
- 主税
- お蔦、俺は決して薄情じゃない。誓ってお前を飽きゃァしない。
- お蔦
- また飽きられてたまるもんですか。切れるの、別れるのってそんなことはね、芸者の時にいうことよ。今の私には、死ねといって下さい。
八重子十種の内
『鹿鳴館(ろくめいかん)』
「鹿鳴館大舞踏場」
忽ちワルツの曲油然と起こる。
- 影山
- やれやれ、又ダンスがはじまった。
- 朝子
- 息子の喪中に母親がワルツを踊るのでございますね。
- 影山
- そうだ、微笑んで。
- 朝子
- いつわりの微笑みも、今日限りと思うと楽にできますわ。楽にできますわ。どんな嘘いつわりも、もうすぐそこでおしまいだと思うと。
- 影山
- もうじき大妃殿下方がお見えになる。
- 朝子
- 気持ちよくお迎えいたしましょうね。
- 影山
- ごらん。好い歳をした連中が、腹の中では莫迦莫迦しさを噛みしめながら、だんだん踊ってこちらへやって来る。鹿鳴館。こういう欺瞞が日本人をだんだん賢くして行くんだからな。
- 朝子
- 一寸の我慢でございますわね。いつわりの微笑みも、いつわりの夜会も、そんなに永つづきはいたしません。
- 影山
- 隠すのだ。たぶらかすのだ。外国人たちを、世界中を。
- 朝子
- 世界にもこんないつわりの、恥知らずのワルツはありますまい。
- 影山
- だが私は一生こいつを踊りつづけるつもりだよ。
- 朝子
- それでこそ殿様ですわ。それでこそあなたですわ。
突然、遠くかすかに銃声が鳴りわたる。
- 朝子
- おや、ピストルの音が。
- 影山
- 耳のせいだよ。それとも花火だ。そうだ、打ち上げそこねたお祝いの花火だ。
『遊女夕霧(ゆうじょゆうぎり)』
「円玉の二階座敷」
- 円玉
- じゃ惚れてて一緒にならねえのか?
- 夕霧
- 夫婦にはならなくとも、何時かは力になり合える時がありますですよ。ね、この世に生きている限り、屹度力になり合える時があります。あります、ありますねえ、先生。あると思ってやっちゃぁおくんなさらねえかねえ。
- 円玉
- ある。屹度ある。
- 夕霧
- ありますですよねえ、お内儀さん。
- お峰
- ああ、あるよ。
- 夕霧
- ありますで、夫婦にゃならなくとも、屹度力になり合える時がありますです。この世に生きている限り……。お内儀さん、いただきます。