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歌舞伎考第5回「見得」という名の真空ホール

絶叫した俳優が全身に力を込めています。「バタッバタッバタッ」と高まるツケの音。「バーッタリ」。仁王像のような体勢でググッと静止する歌舞伎俳優。呼吸よく、「○○屋ァ!」と大向こうの声——。
歌舞伎と聞いて、まず見得を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。実際、初めて歌舞伎をナマで見る方にとっても、見得は、一目瞭然という意味で、たいへん親切な見せ場でもあります。
映画で言えば、クローズアップ。「はい、ここ注目!」というわけです。

もっとも見せ場といっても、見得は、ドラマのピークとかならずしも重なっているわけではありません。見得は作劇に関わる演出というよりも、俳優をカッコよく見せるためのものだからです。
ハリウッド版ゴジラの最新作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』に出演した渡辺謙さんは、インタビューでこう言っていました。 「怪獣の登場シーンすべて、歌舞伎役者が見得を決めているようで、身震いするほど格好いい」
そう、物語云々以前に、怪獣がひたすらカッコいい映画だと言うのです。
人間ドラマもいちおうあります。でもそれ以上に、かつてのゴジラシリーズと比較しても、ゴジラにキングギドラ、ラドン、モスラが咆哮し、暴れまくる同作を、これ以上に的確に評した発言もなかなかないと思います。
日本とハリウッド双方の映画業界に通じた渡辺さんですから、日本的な見せ方にこそ、マイケル・ドハティ監督のゴジラ愛を感じたのかもしれません。

日本の特撮ヒーローには、代々、オリジナルのポーズがあります。まずは登場シーンで決めポーズ。さらには闘いの途中、必殺技を繰り出す前にもポーズをとることがあります。
アメコミヒーローはそんなことをしません。敵の前で静止するなんて、「おいおい、そんなことしてる場合じゃないだろ!」ってなもんです。 特撮のオリジネーターたちは、歌舞伎の見得を参考に、ヒーローにはポーズが必要だと考えたそうです。理由は簡単。ヒーローも、歌舞伎俳優と同じく、カッコよくあるべきだと考えたからです。
そのポーズを編み出す際に、「不動の見得」「石投げの見得」「制札の見得」「柱巻きの見得」など役柄に結びついたユニークな見得の数々が参考になったであろうことも、容易に想像がつきます。

特撮ヒーローがポーズをし、その間、敵も戦いの手を止めるのと同じく、歌舞伎における見得は、ドラマの中に別の間隙を生みます。
騒々しさを増す音楽も、俳優の見得と同時にピタッと止み、舞台上のすべての動きが静止。その一瞬の無音はまるで真空の穴のようで、吸い込まれそうになるほどです。いや、いっそ吸い込まれてみれば、その穴こそが歌舞伎の魅力へと通じていることに気づかされるでしょう。


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文:九龍ジョー

1976年生まれ、東京都出身。ライター、編集者。主にポップカルチャーや伝統芸能について執筆。編集を手がけた書籍、多数。『文學界』にて「若き藝能者たち」連載中。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)など。

画:高浜 寛(Kan Takahama)

熊本県天草生まれ。筑波大学芸術専門学群卒。著書に『イエローバックス』『まり子パラード』(フレデリック・ボワレとの共著)『泡日』『凪渡りー及びその他の短編』『トゥー・エスプレッソ』『四谷区花園町』『SAD GiRL』『蝶のみちゆき』など。『イエローバックス』でアメリカ「The Comics Journal」誌「2004年ベスト・オブ・ショートストーリー」を受賞。海外での評価も高い。

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