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照明 多賀正記

――歌舞伎や新派、松竹新喜劇、ミュージカルなど様々な演目の種類によって、照明のあて方や色味、気を付けるべき点はどのように変わってくるのでしょうか。

多賀 それぞれ照明の質が全く異なります。まず歌舞伎で重要視するのは、「ボーダーライト」。横長の作業灯代わりにもなるような、古典歌舞伎で必要なベタ、つまりフラットに舞台全体を照らす灯りです。スポットライトは一つの灯りで一カ所を照らしますが、ボーダーライトは全体を染めるように作られています。『四谷怪談』のようなお化けなどが出てくるおどろおどろしい場面では、青色などの色味を使わず灯りの明るさだけを絞る、「生絞り(なましぼり)」とよばれる技法を用います。真っ白な灯りは「生灯り(なまあかり)」と呼び、夜を表現する際にバックに黒を敷き、灯りは生灯りの明るいまま、「ここは夜の場面ですよ」と表現をすることがあります。所謂、決まり事ですね。

 「松竹新喜劇 二月特別公演」ですと、カメラワークのように照明を演出的に使うことがあります。同じ舞台上の上手(かみて)と下手(しもて)で、寝室とリビングで部屋が分かれている設定になっていると、色と明るさを使い分けて違う空間であることを表現します。しかしどの演目にしても、あくまで見せるのは俳優さんの演技。照明が邪魔をするようなことは決してあってはいけません。照明の仕事は、光の調合で作り出した一空間に、季節感や時間を視覚的にお客様に感じていただけないとだめですし、そのための灯りだと思っています。

――視覚的に空間を感じていただくことが、照明にとって大切ということですね。

多賀 そうですね。最近は、LED電球などの新しい技術が舞台にも取り入れられ、その影響はとても大きいです。昔に比べ技術は相当進んではいますが、それでもフェードイン(※1)、フェードアウト(※2)に、これまでの電球との違いが顕著に現れます。フェードアウトの場合、これまでの電球だとふわ~っと徐々に消えていたところがLEDだとパカっと急に消え、フェードインも同様にパカっと明るく点いてしまう。余韻が違うのです。

でも時折俳優さんから来る要望は、従来の電球を使用していた時の芝居のイメージです。そこで、舞台上が明るいうちにLED電球だけ先に消してしまい、ふわ~っと消える電球のタイミングをずらして消す、「ディレイ」と呼ぶ技術を使うようにしています。 後は、色味の違いがあります。LEDはとにかく明るく光が強いため、点いた瞬間から白く、消す直前も白い色味のまま消えることができます。一方従来の電球ですと、白い灯りを絞っていくとオレンジっぽく色味が変化をし消える。色温度の違いですね。日々進化をする機材のおかげで、複雑にやれることは増えました。でもそれが芝居に合うかどうかは別問題です。

――そういった技術は、次の世代にはどのように継承をされていらっしゃるのでしょうか。

多賀 この世界は正解がない世界ですので、いつも私が正しいとは限りません。聞かれれば教えますが、私から「こうやりなさい!」と言うことはありません。芝居を観て技術を覚え、段階ごとに教わるべきことを教わり、自分で考えることが大切です。ただ一つだけ、決して「無理」という言葉を使わない、ということは伝えています。限られた空間の中でどんなに無茶なことであっても「無理」とは言わずとにかくやってみる。やってみて、やってみて、それでもどうしてもダメな時に初めて「ダメでした」と言いなさいと。後は、挨拶の徹底です。

――多賀さんは若い頃、どのように習得されていかれたのでしょうか。

多賀 先輩の背中でしか学ぶことができなかったため、とにかく見て覚え、色んな芝居を観に行きました。でも本当に私は、ダメな奴でしたね。昔、稽古中に誤って雪駄を履いたままブリッジ(※4)で作業をしたことがあったのですが、雪駄を落としてしまったことがありました。落とした雪駄は、地方(じかた)さん(※5)の肩にぶつかり、チーフに死ぬほど怒られました。「あ~、もうクビになるな」と思った時、ある先輩が私にこう声をかけてくれたんです。「お前はやったから失敗したんだろ。やらなかった奴は、失敗もしない」と。その言葉が私を救ってくれました。

――最後に、仕事をする上で大事にされていることを教えてください。

多賀 プロ意識です。私たちにとっては何十公演あるうちの一つ。されどお客様にとっては、一回限りの公演。だからこそ、常に同じレベルの照明技術を提供しないと失礼ですし、私たちはそれでお金を頂いています。人間ですので慣れてくると、しょうもないミスを起こしてしまいます。それが気の抜けたありえないミスであった時は、すごく怒ります。私たちは常に完璧であることを求め続けなければいけません。そして、そのプロ意識を持つことが大事だと思っています。

(※1)フェードイン:少しずつ照明の光料を上げていく技術
(※2)フェードアウト:少しずつ照明の光料を下げていく技術
(※4)ブリッジ:舞台上空にある遊歩道のような場所
(※5)地方(じかた):長唄などの演奏家

取材:松竹株式会社 経営企画部広報室

おわり

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その他の回

多賀正記(たがまさき)

1993年、株式会社パシフィックアートセンター入社、新橋演舞場照明配属。2010年、松竹株式会社に転社。17年7月公演照明プラン、18年9月パリ歌舞伎公演照明助手、19年8月歌舞伎座「新版 雪之丞変化」照明プラン。19年10月照明課長就任。歌舞伎、舞踊、松竹新喜劇などを中心に照明プラン多数。