#010
音響(新橋演舞場) 森島朝来
――様々な劇場での経験がある森島さんですが、新橋演舞場ならではの音の質は、他の劇場と比べてどのような違いがあるのでしょうか。
森島 歌舞伎座や新橋演舞場の松竹が運営をしている劇場は、客席の奥行きが浅く、横長の形。客席との距離も近く、生音を生かすつくりになっているのが特徴です。音響から出る音は生っぽく、最低限聞こえる程度に調整をしています。しかし、昨今お客様から求められる音は、現代人のライフスタイルの変化により変わりつつあります。イヤホンなどのダイレクトな大きい音に耳が慣れてしまい、小さな音を聴き取れなくなっているのです。「声が聞こえない」という声も増えており、舞台上の足元にフットマイクをセッティングし、音を極力拾うようにしています。
また、舞台と客席との距離が近いため、生の声とマイクの音量やスピードを調整し、自然に音が聞こえるように仕上げる必要があります。最近では音響の技術も発展し、マイクを付けていても、自然な音が聞こえるような技術がたくさんあります。演目によって客層が大きく変わってくるので、演出的にお客様に合わせた音の作り方をしていきたいと、考えています。
――お客様を思う、音の在り方が大切ということですね。
森島 そうです。昔、終演後にお客様から直接「ありがとう」と言っていただいたことがありました。本当に嬉しかったのを覚えています。音響は自己満足で、音を大きくしたり小さくしたりすることもできます。でも、私はお客様の立場で音を出せるようになりたいと思っています。人にやさしい音響でありたいです。
――そういった思いをどのようにして次世代へ引き継がれていらっしゃるのでしょうか。
森島 若手には、チェックを決して怠ってはいけないと、常日頃から言っています。前日に音の並びが変わったりすることも多く、そういった時にチェックをせず本番を迎えると、暗転中に音が途中で途切れてしまったり、余計なことを考えて集中できず、的確なオペレーションができなくなってしまうこともあるからです。
――最後に森島さんがお仕事をされるうえで、大切にされていることを教えてください。
森島 昔とある演出家さんに、「お前は本当にそれでいいのか」と聞かれたことがありました。「俺は別にいいよ。でもお前は本当に納得しているのか」という、妥協を許さないというメッセージだったのだと思います。自分自身には決して妥協をしないことは、いつも大切にしています。仕事が段々と分かるようになった頃、一つの劇場で同じラインナップを繰り返しているうちに、「もぉ、この仕事はいいかな」と思った時期も正直ありました。それでも続けてこられたのは、やっぱり音響というこの仕事が好きだったからだと思います。
取材:松竹株式会社 経営企画部広報室
おわり
その他の回
森島朝来(もりしまあさき)
1981年新宿コマ劇場に入社、調音課に配属。調音課閉鎖に伴い1992年ショウビズスタジオに入社、コマ劇場に配属。2008年新宿コマ劇場閉館に伴い翌09年明治座音響室に配属。 後に本社勤務、歌舞伎座勤務を経て18年に新橋演舞場に配属、現在に至る。