新派・松竹新喜劇コラム
第4回 銀座は檜舞台

2019(令和元)年六月花形新派公演 『夜の蝶』(三越劇場)

 歌舞伎の出し物に『鞘当(さやあて)』というのがある。
 舞台は新吉原仲之町で、二人の武士がすれ違いざま、刀の鞘が当たったというので喧嘩をはじめる。二人は不破伴左衛門、名古屋山三という知られた武士で(昔は台本によって役名が色々あったそうだが)、互いに名乗りあい、編み笠をとって見得をしたところで幕になる。
 長い話の一場面なので、本来はここにいたる物語も、ここからあとの話もあるのだが、いま芝居でやるのはたいていこの一場で、花の吉原の賑わいを背景にした。単純なスペクタクルとして完結している。その凝縮した豪華さが、いかにも芝居の気分というものだ。

 三越劇場で新派公演『夜の蝶』を観て、ああ鞘当をいまふうにやるとこうなるのか、と感心した。
 原作は川口松太郎の同名小説。昭和三十二年に発表されるとすぐに映画化され大ヒット。十月には新派がとりあげて花柳章太郎、初代水谷八重子のコンビで初演された(新橋演舞場。脚色はもちろん川口松太郎)。
 話の舞台は昭和三十年代の銀座。この土地で一、二を争う大きなクラブ「リスボン」のママである葉子には、波瀾万丈の過去があり、いまは娘と二人で暮らしている。一方、京都の舞妓あがりで、有力なパトロンを得たお菊は、銀座の中心に京都風のクラブ「おきく」を新規開店する。じつは二人には以前からの因縁もあり、互いに負けることはできない。夜の銀座で火花を散らす二人は・・・というのが、あらすじ。

2019(令和元)年六月花形新派公演 『夜の蝶』(三越劇場)

 今回の上演は、川口松太郎の作を新派文芸部 成瀬芳一が脚色。葉子が河合雪之丞、お菊が新派には初出演の篠井英介という配役である。
よく工夫されていたのは、「リスボン」と「おきく」、対照的な二店を表現した舞台美術。三越劇場の舞台に盆を乗せて、東京のモダンなクラブと、京都風(和風)のクラブをぐるぐる廻して見せるのが面白い。
 葉子とお菊は、なにからなにまで対照的な設定なのだが、歌舞伎そだちの雪之丞がサディスティックな「攻め」の芝居で、現代劇で活躍する篠井英介が、終始、身を引き締めたような「受け」の芝居にまわる。この顔合わせならではの化学反応で、楽しんだ。
 昭和三十二年の新派公演も大当たりだったそうで、昭和三十四年には『続・夜の蝶』が上演されている。銀座ものは芝居の鉱脈になったのだろう、川口松太郎はこのほかにも、『銀座暮色』『銀座マダム』『銀座ひとりぼっち』『銀座おんな』『春来る銀座』などの銀座を舞台にした作品を新派に次々と書きおろす。すべて昭和三十年代だ。
 新派の観客というのは、いまも昔も女性客が多い。つまり、大半の観客にとって、夜の銀座は、実際には足を踏みれることのない、近くて遠い場所だったということである。その想像上の銀座を、芝居を通して覗き見る面白さが、おそらく『夜の蝶』や銀座を舞台にした作品にはあったのだろう。
 銀座の街は、大通りから裏道にいたるまで、まっすぐな道が交差している。この直線的な感じが、この街の特徴のひとつだと思う。きっちりと整い、カクテルライトに照らされた銀座は、どこか舞台装置のようで、鞘当の背景にふさわしいのだ。

六月花形新派公演
夜の蝶
会場 三越劇場
日程 2019年6月6日(木)~28日(金)


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文・和田尚久(わだなおひさ)

放送作家・文筆家。東京生まれ。 著書に『芸と噺と 落語を考えるヒント』(扶桑社)、『落語の聴き方 楽しみ方』(筑摩書房)など(松本尚久名義で上梓)担当番組は『立川談志の最後のラジオ』、 『歌舞伎座の快人』、『青山二丁目劇場』(以上、文化放送)、『友近の東京八景』、『釣堀にて』(以上、NHKラジオ第1)ほか。