《サンドリヨン》~シンデレラ~ みどころレポート
フランス文学研究者 芳野まい
今シーズン最後を飾るのは、宝石箱をひっくり返したようにきらびやかな《サンドリヨン》~シンデレラ~。
誰もが知っているシャルル・ペローのシンデレラの童話をマスネがニュアンスあふれる音楽で表現したフランス・オペラ(「サンドリヨン」はシンデレラのフランス語読み)。魔法の馬車に乗ろうとするサンドリヨンの姿は、一年を通じてライブビューイングのチラシやポスターを飾ってきました。初演は1899年、パリ、オペラ・コミック座。今回のロラン・ペリー演出版はMETでは初演、ライブビューイングにも初登場です。
19世紀フランスで出版されたペロー童話の「サンドリヨン」には画家ギュスターヴ・ドレが、絵だけで語るように雄弁で幻想的な挿絵を施しました。ペリー演出のインスピレーションはこのドレの挿絵。絵本のページをめくる楽しさを3次元で思い出させてくれます。ポスターにも壁一面に童話の文章がフランス語で書いてあるのが見えますが、壁の扉が開いて登場人物が出入りするとほんとうに開いた絵本のページから人物が飛び出してきたようです。
シンデレラが乗る馬車も”Carrosse ”(フランス語で「馬車」の文字)でできていますし、馬の着るお仕着せも文章柄。辛い場面があったり意地悪な登場人物がいてもすべては絵本のなかの出来事。そしてその分想像力を自由に羽ばたかせることができます。考えてみれば「サンドリヨン」は元祖2.5次元。物語をよく知っている分パフォーマンスや演出、衣装に注目できる楽しみ方も同じです。
衣装も同じくペリーが手がけ、意地悪な義理の姉や母、みすぼらしいときのサンドリヨンの装い(グレーのグラデーションがほんとうに見事)さえ目が離せないほどおしゃれ。舞踏会の場面ではサンドリヨン以外女性は全員赤いドレスですが、色が同じだからこそわかる一人一人特徴あるデザインがドレの挿絵のように雄弁に人物を語ります。
サンドリヨンを演じるのはこの役を当たり役とするジョイス・ディドナート。若々しくて(ジョイスによれば「フランス的」に)ちょっとメランコリックなシンデレラです。女性が歌う王子役はズボン役を得意とするアリス・クート。ふつうシンデレラの王子様は出来すぎでどこかそらぞらしい感じがするものですが、このオペラの王子さまは人見知りでかなり人間的。舞踏会に馴染めない登場場面はクラス行事や合コンに適応できない現代の学生を思わせるような親しみやすさです。サンドリヨンとの恋の進展もやはりさわやかでちょっとメランコリック。
ですがいちばん「おお!」とおどろきの登場をする人物といえば、物語のキーパーソン、超高音コロラトゥーラソプラノのキャサリーン・キム演じる妖精です。ドレスも髪型もパンキッシュ、小柄な体で魔法の杖をぶんぶん振り回し超高音の声をびゅんびゅん翔け巡らせ、サンドリヨンたち(←観てのお楽しみ)を小突いたり指揮したり。熱血教師というか鬼コーチというか…現地で最も大きな拍手を得た魅力的で刺激的なパフォーマンスです。
ほかにもまだまだたくさんの魅力的な登場人物がいて「青春!」なさわやかさもあり、そして全編通して360度すごくおしゃれで楽しくて、ちょっと意地悪でフランス的。ユーモアいっぱい!どんな世代も楽しめそうで家族での鑑賞やオペラ初心者の入門にも最適です。
「オペラの魔法にかけられて」。今シーズンのコピーにもっともふさわしい舞台が魔法の杖をぶん!と一振り、みなさまを魔法の国へといざないます。