《フィデリオ》みどころレポート

2025年4月18日 金曜日

音楽評論 東条碩夫

 

自由と解放を歌うオペラ《フィデリオ》

 

※人物表記はすべて字幕での表記に合わせております ━━ 松竹/METライブビューイング事務局

 

 「ベートーヴェンはこのオペラで、圧制への個人の抵抗と英雄的な行動を描いています‥‥戦後最大の脅威が自由な世界に迫り来る今こそ、上演すべき重要な作品です」。METのピーター・ゲルブ総裁は、開演前にそう語る。そして、ヒロインのレオノーレが第1幕の大アリアで残虐な刑務所長ドン・ピツァロをモンスターと呼んで非難するが、これは現代の独裁者にも向けられるべき言葉だ、とも付け加える。

 事実、暴虐な政敵により不法に投獄され、殺害されんとする夫フロレスタンを、妻レオノーレが自ら男装してフィデリオと名乗り、刑務所の現場に乗りこみ、間一髪というところで救出する━━というストーリーをもつこのベートーヴェンの《フィデリオ》は、昔から夫婦愛への讃美とともに、自由と解放を象徴する音楽作品として見なされてきた。人々の歓喜が爆発する終幕の大合唱は、同じベートーヴェンの《第9交響曲》と同じように、われわれの心を捉えずにはおかないだろう。

 

 今回のライブビューイングで紹介されるのは、2000年10月にプレミエされて以来、METの定番となっている故ユルゲン・フリム演出による上演である。舞台の基本的な進行はプレミエ時のものと変わっていないが、悪辣な所業を糾弾されたドン・ピツァロが幕切れで受ける扱いの場面には、やはり米国の今日的な感覚が加えられているかもしれない。プレミエでの演出は、あの「9・11テロ」より以前の制作だったのだから。

 

 そのドン・ピツァロ役を歌うトマシュ・コニエチュニが、過度に悪役然とした表情は取らず、微妙な心理状態を滲ませつつ演じているのも興味深い。牢獄の番人ロッコ役のルネ・パーペも年輪を加えたが、深みを増した滋味豊かな歌唱と演技は、観客にあたたかい雰囲気を感じさせるだろう。その娘マルツェリーネを歌い演じるイン・ファンの愛らしさは際立っており、囚人フロレスタン役のデイヴィッド・バット・フィリップの苦悩に打ちひしがれた歌と演技もリアルで見事だ。大臣ドン・フェルナンド役のスティーヴン・ミリングと、ジャキーノ役のマグヌス・ディートリヒも手堅い好演。

そして、レオノーレ役のリーゼ・ダーヴィドセン━━今やMETの期待を一身に集める彼女の「優しい妻」としてのイメージを前面に押し出した歌唱と演技は、完璧と言っていいだろう。

 

 こうした歌手陣とオーケストラをまとめるのは、フィンランド出身の女性指揮者スザンナ・マルッキである。過度に劇的効果を誇張しない、端整な音楽構築で《フィデリオ》の古典的な性格を浮き彫りにする。曲の良さを味わうには絶好の指揮だ。

 

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