《グラウンデッド 翼を折られたパイロット》みどころレポート

2024年12月11日 水曜日

音楽ライター・映画音楽評論家 小室敬幸

 

最先端ミュージカルと現代オペラの結節点《グラウンデッド》

 

 2024年12月13日(金)~12月19日(木)にかけて(銀座の東劇だけは12/26(木)まで)全国各地の映画館でMETライブビューイングとして上映される《グラウンデッド 翼を折られたパイロット》は必見だ。ワシントン・ナショナル・オペラとメトロポリタン歌劇場(MET)の共同制作による新作オペラで、演出を手掛けるのはなんと、傑作ミュージカル《春のめざめ》を世に送り出したマイケル・メイヤーである! 彼は2012年以降、たびたびオペラも演出しており、METでは2013年の《リゴレット》や、2018年にはニコ・ミューリーの《マーニー》、《椿姫》を担当している。

 

そんなメイヤーが映画『モダン・ミリー』(1967)を舞台化する際に音楽を担ったのがジャニーン・テソーリという女性の作曲家だった。彼女は主にミュージカルを手掛けており、これまでトニー賞に6回ノミネートされ2回受賞。またピューリッツァー賞のドラマ部門でも2度最終候補に選ばれているように、芸術性の高いミュージカルが高く評価されてきた作曲家だ(ちなみに彼女が音楽を手掛けた、あのシュレックのミュージカル版《シュレック・ザ・ミュージカル》は、日本でも2022年にトライアウト公演がおこなわれている)。

 

 現在63歳を迎えたテソーリにとって2作目となるオペラが《グラウンデッド 翼を折られたパイロット(原題:Grounded)》である。原作はジョージ・ブラントによる戯曲で、2015年にはプロジェクションマッピングなどを駆使した派手な演出をともなったアン・ハサウェイの一人芝居として上演されたりと、大成功を収めているという。オペラ化にあたり翻案されているが、その台本も作者ブラント自身によって執筆された。Ground(グラウンド)は日本だと「運動場」を意味することが多いけども、本来は運動場を含む地面全般という意味もある。

そして名詞ではなく動詞だと「(飛行機を)離陸させない」「罰として外出を禁止する」という意味になり、それこそがこのオペラの題名の意味するところだ。

 

 

 主人公のジェス(演:エミリー・ダンジェロ[メゾソプラノ])はアメリカ空軍所属。イラク戦争(2003〜11)において飛行隊の恐らく唯一の女性ながらエースパイロットであることが、巨大なLEDパネルを駆使したド派手な演出に加え、力強い男声合唱、荘厳なオーケストラのサウンドを従えていることで直感的に伝わってくる。自由な“空”こそが彼女の生きる場所なのだ!ところが任務を終えてバーに訪れた際、“地”に足のついた生活をおくる牧場主のエリック(演:ベン・ブリス[テノール])と恋に落ちて妊娠。司令官(コマンダー)に報告すると暗黙のうちに堕ろせと迫られるが、ジェスは自分の意志で子どもを生み育てる道を選び、それから家族3人で幸せな年月を過ごす。

 

伝統的なイタリアオペラなら――愛のシーンにたっぷり時間を費やした上で!――ここまでを第1幕とするだろう。だが本作は女性のキャリア問題が重要なテーマとして重なってくるので、まだもう少し第1幕が続く。

 空こそが自分の生きる場所であることを自覚したジェスは、夫エリックと娘サムの理解を得た上で5年ぶりに飛行隊への復帰を願い出る。(泥沼化して終わりの見えないイラク戦争には)まだパイロットが必要だと司令官は復帰を歓迎するのだが、勤務地はイラクではなくラスベガス!? ジェスが愛する戦闘機F-16ではなく、新型の無人機ドローンのパイロットになれと命じられてしまう。12時間交代の勤務なのでジェスは毎日、夫とも娘とも過ごせると、これが絶対的に良いことであるかのような明るい音楽を伴って司令官は語る。夫に説得されたジェスは新しい任務を受け入れることにしたが……。

 

実に面白いのが、ドローン操縦の任務にあてられた音楽はそれまでと雰囲気が異なるものとなっていく点だ。死の恐怖に怯えることもないラスベガス勤務になってから却ってジェスの精神はおかしくなってゆく……。死との物理的距離は遠くなったかもしれないが、非日常であるはずの戦争が日常生活と隣合わせになってしまったのだ。イラクで従軍していた頃にはなかった悩みに苦しめられ、自分が今どこにいるのか分からなくなっていく状況を、第2幕になると舞台上に“もうひとりのジェス(Also Jess)”を登場させるので、まさに身が引き裂かれるような思いをしていることが痛いほど伝わってくる。果たして彼女はどうやってこの状況を乗り越えるのか?

 「優れた能力をもつ若い女性が自由を謳歌していたが、結婚して子どもを設けたことでそれを失いはじめる」という話の骨格は意外かもしれないが、ヤナーチェクの《利口な女狐の物語》と近似している。だが言うまでもなく、描かれるテーマは非常に現代的。自分の能力を発揮できる“空”、愛する家族のいる“地 ground”。彼女の安寧の地はどこに?

METライブビューイング
2024-25
ラインナップ

pagetop