《ホフマン物語》みどころレポート
音楽ジャーナリスト 石戸谷結子
待ちに待ったMETライブビューイング。その第一作目に選ばれたのが、いま世界最高人気を誇るフランス人テノール、ベンジャマン・ベルナイムが主演する《ホフマン物語》だ。ベルナイムは、今年のパリ・オリンピックの閉会式でも歌って、一躍注目された美声で美男の歌手。繊細な表現力と輝かしい高音、滑らかなフランス語の発声と演技力も評価される、いまがまさに聴き時の旬のテノールだ。じつはこの公演、主役だけではなく端役に至るまで、素晴らしい歌手たちが勢揃いしたMETならではの贅沢な舞台になった。
詩人のホフマンには過去に3人の恋人がいて、それぞれに失恋してしまった苦い想い出がある。最初の恋人はオランピア。この役を歌うエリン・モーリーは、これまでもMETライブビューイングにたびたび登場しているお馴染みのソプラノ。今回は超超高音をしっかりと決め、目も眩むようなコロラトゥーラのテクニックと装飾音符を披露して、大喝采を受けた。二番目の恋人アントニアは南アフリカ出身のプレティ・イェンデ。ベルナイムとはパリ・オペラ座でもたびたび共演していて、息もぴったり。悲劇の歌姫の哀しさと恋の歓びをしっとりと歌いあげた。
最後の恋人はベネツィアの高級娼婦ジュリエッタ。退廃的な舞台で妖艶な美女を演じるのはクレモンティーヌ・マルゲーヌ。なめらかな天鵞絨のような声は低音も充実し、その声でホフマンを誘惑する。そして、注目は悪漢4役を歌うクリスチャン・ヴァン・ホーン。朗々たる美声と深い表現力で、世界中で活躍するバス・バリトンだ。柔らかい声だが、凄みもあり、悪魔役にふさわしいキャスティングだ。さらに注目したいのは、ホフマンを見守る親友ニクラウスの姿で登場するミューズ役のヴァシリーサ・ベルジャンスカヤ。ロシア生まれで最初はコロラトゥーラ歌手だったが、メゾ・ソプラノに転向した変わり種。ヨーロッパ各地で《セヴィリャの理髪師》のロジーナなどを歌ってブレイクしている実力派のメゾ。高音から低音まで充実した安定した声の持ち主で、今回がMETデビューだ。4人の使用人役のテノール、アーロン・ブレイクも巧い!
作品の聴きどころといえば、まずはプロローグでホフマンが歌う〈クラインザックの物語〉。べルナイムはこれまでの優雅で洗練された歌唱からバージョンアップして、恋と芸術に悩む男を、ドラマチックに歌いあげている。第一幕で、じつは人形であるオランピアが歌う〈生け垣に小鳥たちが〉も、コロラトゥーラの超絶技巧が聴きもの。また第三幕で、ジュリエッタとニクラウスという、今回はメゾ・ソプラノの二人が歌うメランコリックな二重唱〈ホフマンの舟歌〉も聴きものだ。
プロダクションは2009年にプレミエを迎えたバートレット・シャーの華やかな演出。1920年代を意識した、フェリーニの映画やカフカ的迷宮を思い起こさせる、ちょっと不思議な世界。謎に満ちたスペクタクルな舞台に、乞うご期待 !