《つばめ》みどころレポート
音楽評論家 奥田佳道
オーケストラの前奏から魅せる。粋、洒脱、華やかだ。ロマンティックで親しみやすい旋律も舞い始める。ピアノも登場。愛や夢の世界に憧れたかのような歌に寄り添う。ファン憧れのトップアーティスト や伸びゆく若手が行き交うメトロポリタン・オペラならではのステージ!
「プッチーニにこんな作品があったのか。素晴らしい。古き良き時代のオペレッタのよう、ミュージカルにも通じる極上のエンターテインメント」
そんな声も聞こえてくる。みんな夢中になる。それが1917年春にモンテカルロのモナコ歌劇場で初演されたプッチーニ(1858~1924)のオペラ「つばめ」だ。
オリジナルのイタリア語タイトルはLa Rondine(ラ・ロンディネ)、ずばり「つばめ」。この可憐なタイトルはオペラのなかの台詞に基づく。恋に生きるヒロインの手相をみた詩人が「あなたはまた恋に落ち、運命に導かれ、つばめのように海を越えて愛を目指す。そして恋が終われば、つばめは舞い戻る」(一部意訳、補訳)に由来する。
名作誕生の背景に音楽の都ウィーンあり。「つばめ」はウィンナ・オペレッタの聖地だったカール劇場の支配人の依頼で書かれた。しかしプッチーニは提供されたオペレッタ風の台本になじめず(好きになれず)、それでイタリアの台本作家と仕事を進め、最終的にはオペレッタの美学を映し出す、具体的にはワルツも鍵を握る 喜劇的かつ感傷的なイタリア・オペラが出来上がる。「つばめ」は本来ならばウィーンで初演されるはずだったが、第一次世界大戦が勃発。オーストリア=ハンガリー帝国がイタリア王国の敵国となったことから、1 中立国のモナコで初演された。メトロポリタン・オペラでの初演は1928年、その後1930年代中葉 にも少し上演されたが、「つばめ」はなぜかレパートリーから外れてしまった。蘇るのは何と2008年。
今回、歌も芝居もお任せあれのライジングスターが、がこの極めて愛すべきオペラのために勢ぞろいした。愛の喜びや悩みを、美しく、表情豊かに歌うヒロインのマクダ役、エンジェル・ブルーが第1幕で歌う「つばめ」のテーマソング“ドレッタの美しい夢”に心奪われない聴き手はいないのではないか。過去ある彼女と結ばれ、コート・ダジュールで愛の日々を送るルッジェーロ役のジョナサン・テテルマンは今回がMETデビューだ。MET初登場と言えば、詩人プルニエ役のベクゾッド・タブロノフ、歌い手を夢見た小間使いリゼット役のエミリー・ポゴレルツにも喝采を。
パリ出身の演出家、故ニコラ・ジョエル他、美術・衣装・照明の匠たちが技を惜しげもなく披露したアールデコ調のステージは、これぞMET、これがMETというべき美しさ。「つばめ」の時代と呼応した大人の空間が生まれた。愛のテーマが示導動機 のように織り込まれた「つばめ」はこんな舞台を舞っていたのではないか。いつもの悲劇と異なる幕切れまで、見どころ、聴きどころは尽きない。