《ロメオとジュリエット》みどころレポート
鮮やかで柔軟な指揮に支えられ、
最高に美しい男女の歌声が織りなす悲劇に涙する!
オペラ評論家 香原斗志
家同士の対立が原因で不幸に襲われる若い男女を描いた、シェイクスピアの著名な悲劇が原作のこのオペラ。同じくロメオとジュリエットが主人公のオペラに、ベッリーニの《カプレーティとモンテッキ》もあるが、グノーの《ロメオとジュリエット》は、一部を除いてシェイクスピアの物語にとても忠実に展開する。
このMETの映像こそは、そんなオペラの決定版だと断言する。
まず、第1幕冒頭のキャピュレット家の仮面舞踏会の場面。マズルカの3拍子のリズムに彩られ、楽しい時が表現される。ここでの活気と華やぎが鮮やかなほど、この先に訪れる悲劇が濃さを増すが、音楽監督ヤニック・ネゼ=セガンの指揮は、こうしたツボを心憎いほどに押さえ、あふれる幸福感を活写する。
ネゼ=セガンの力量は、歌手の力も存分に引き出す。第1幕でジュリエットが「夢に生きたい」と無邪気に歌うワルツ。指揮が歌手の呼吸に絶妙に寄り添うから、ネイディーン・シエラも存分に力を出せる。みずみずしい少女の感情が、鮮やかなコロラトゥーラや超高音を交えた叙情的な声で表現された。ここでのジュリエットがどれだけ可憐であるかもまた、悲劇の濃さに直結するのだ。
続くロメオとのメヌエット風の二重唱で、この上演の破格の質を確信した。ベンジャマン・ベルナイムの母語フランス語の美しさと、言葉と密着したフレージングの洗練されたやわらかさに陶然とさせられる。これこそ究極のロメオではないか。純真さを高度に音楽化したようなシエラの歌との相性も抜群だ。
ベルナイムの歌唱美は、第2幕冒頭の有名なアリア〈ああ、太陽よ昇れ!〉柔軟な輝きで全開となる。彼の歌を聴いてしまうと、フランス・オペラをほかのテノールでは聴けなくなる。そして、その後の2人の二重唱は、緊迫感と耽美性を絶妙に織り交ぜたネゼ=セガンの指揮に支えられ、なんと甘く陶酔的なことか。美しい2人に感情移入し、もう十分に満足しそうになるが、いけない、いけない。これから悲劇が訪れるのだ
第2幕までが美しく甘かった分、第3幕からは一つひとつの場面が胸に迫る。ティバルトと決闘した後のロメオの悔悟が、どれほど痛切に響くことか。第4幕冒頭の愛の二重唱は、ロメオがジュリエットの身内を殺してしまった後だけに、美しさが胸を刺す。そして、仮死する薬を飲む前のジュリエットの劇的表現。彼女はみずみずしさと同時に激しい感情も伝えられるから、いやおうなくジュリエットへの感情移入を強いられる。
こうして胸を揺さぶられたのちに、私たちは2人の死に立ち合うのだ。原作と異なるのはこの場面で、シェイクスピアは死ぬ前に2人を会わせなかったが、グノーは会わせた。ジュリエットが仮死状態から目覚めたとき、ロメオは彼女が死んだと思い込んで、すでに毒薬をあおっていた。
死の前に2人が迎えた一瞬の幸福。それが最高の歌唱で彩られ、悲劇の濃さはさらに増す。バートレット・シャーの美しい演出と相まって、悲しみは倍加する。最後の瞬間まで、究極の音楽美が涙腺を刺激し続けた。