《カルメン》みどころレポート
演出家 鵜山仁
いやいや、創意工夫に満ちた『カルメン』で、大いに刺激されました。19世紀のセヴィリアを、現代アメリカに移し替えた大胆な設定変更が効果を上げているのは、とにかく登場人物の関係性がきちんと掘り下げられ、普遍化したことで現代の風景にフィットしているからだと思います。それによって、演出者のキャリー・クラックネルが語っている通り、古典的なドラマが、われわれの現代劇として、より説得力を持って迫ってくる。
『カルメン』の特色である光と闇のコントラストを、あえて平面的に見せて、例えば序幕の兵器工場前の金網や、LEDの光条をバックに疾走するトラックといった舞台装置が効果を挙げているのも、大変興味深いところです。
更に注目すべきは、そうした視覚性と音楽性が深く絡む演出でしょう。楽曲のテンポ、リズムや休符の効果、前奏や間奏の扱いが、登場人物の葛藤を鮮やかに映し出し、実に示唆に富んでいる。更に男声と女性の差別化と言うか、それぞれの特徴をクローズアップして、積極的に押し出しているのも見どころ、聞きどころです。
合唱の扱いに関しても、群衆の欲望のうねりを場面展開に応じて大胆に押し出し、祝祭的とも言える悲劇の爆発、カタルシスに観客が酔いしれるという、『カルメン』の構造的な醍醐味を、よく見せてくれていたと思います。
カルメンを演じるアイグル・アクメトチナをはじめとする歌い手たちの演劇的なリテラシーの高さは羨ましいばかりです。何と言っても声と演技の幅が広い。歌う声に限らず、息遣い一つ、罵声一つのインパクトに、いちいちドラマがこもっている。
最後に、劇場的な遊びと言うか、例えば火のついたライターはかざしているのにタバコには火がつかない、自動車は自走しないのに舞台機構によって動いている、スライド舞台を上手から下手に動いてゆく自動車の進行とは逆に下手から現れるハイオクガソリンのスタンド等々、舞台ならではのイリュージョン、遊戯性も盛りだくさんで、またそれを支える裏方諸氏を捉えたカメラアングルなど、多面的な映像作りも、遊びごころがあふれていて、とても楽しく拝見しました。
どうも何から何まで褒めすぎみたいな感想になりましたが、これはやられたな、というのが、今のところの、僕の正直な印象です。