《トスカ》新演出みどころレポート
石戸谷 結子(音楽ジャーナリスト)
いまニューヨークだけでなく世界のオペラ・ファンの間で、話題沸騰の注目舞台が、メトロポリタン歌劇場で新演出上演されたプッチーニ《トスカ》だ。
昨年の大晦日にプレミエを迎え、1月27日に全世界に向けてライヴビューイングが行われたばかりだが、3人の主役と重厚な演出が大絶賛されている。
じつはこの《トスカ》、幕が開くまでにまるでオペラのようにドラマティックな経過をたどった。
年間プログラムが発表された昨年のはじめから、主要キャストがさまざまな理由で次々と降板し、幕開け寸前までに指揮者と3人の主要キャストがすべて変更になってしまったのだ。しかしさすがはMET、ピーター・ゲルブ総裁は、直ちに予定キャストをしのぐ実力ある歌手たちを起用することに成功したのだ。今回の公演を成功に導いた最大の原因は、トスカ役のソニア・ヨンチェヴァとカヴァラドッシ役のヴィットーリオ・グリゴーロのフレッシュ・コンビだ。二人は共に次代のオペラ界を担う上り坂の若きスターであり、二人ともこれがロール・デビューだった。
主役のトスカは、ローマで一番の人気を博す美声と美貌の歌姫であり、情熱的な気性の誇り高いプリマドンナだ。ヨンチェヴァは、この役を堂々とした存在感と毅然とした風格で演じ切った。いまヨンチェヴァは一段と貫禄が増し、同時に声も立派に成熟した。もともと豊潤な美声と表現力の持ち主だが、昨年10月のパリ・オペラ座《ドン・カルロス》のエリザベッタでは、声量も感情表現もより豊かになり、フレージングの妙技もさらにアップした。いま新しい役に次々とチャレンジし、勢いに乗っている、今回の《トスカ》では2幕の〈歌に生き、恋に生き〉を熱唱し、聴衆から嵐のような喝采を受けた。
一方、相手役の美男テノール、グリゴーロはローマ出身。13歳のとき、パヴァロッティ主演《トスカ》で羊飼いの少年役を歌って以来、カヴァラドッシ役を歌うのを夢見ていたという。彼の持ち味は情熱的歌唱と軽やかな身体表現だが、この特技を生かし、若々しく熱血漢のカヴァラドッシを見事に演じ、3幕〈星は光りぬ〉を切々と歌い、聴衆の熱い喝采を浴びた。
開幕間際になって、急遽代役でスカルピアを歌ったジェリコ・ルチッチは役柄をすっかり手中に収めた大ベテラン。朗々とした美声と深い表現力で憎々しいほどの悪漢を演じた。
ところで演出だが、長年METで愛されてきたゼッフィレッリの舞台に代わり、2009年に新演出されたリュック・ボンディの舞台が一部の聴衆には不評だった。
そこで今回はMETで多くの舞台を成功させた人気演出家のデイヴィッド・マクヴィカーが新しく手掛けることになった。P.ゲルブ 総裁から「美しい舞台を」と要請されたマクヴィカーは、1幕では今もローマに現存する聖アンドレア・ヴァッレ教会の豪華な聖堂をそっくり再現して舞台に出現させた。また同じく今はローマの観光の名所になっている2幕のファルネーゼ宮殿(現フランス大使館)と3幕の聖アンジェロ城も本物と見まがうほど絢爛豪華に再現した。この装置は「ゼッフィレッリへのオマージュ」といわれている。
また今回マクヴィカーがこだわったのは、主役ばかりではなく、合唱団に至るまで細やかな演技や表情を加えていることで、演劇的な舞台になった。初日の幕が開くと、この演出は大好評で迎えられた。
指揮者はフランス人で、METでも活躍するエマニュエル・ビヨーム。若々しい恋人たちの情熱的な愛の悲劇に焦点を当てた演奏で、公演を成功に導いた。
様々な悲劇に見舞われた《トスカ》だが、結果は「大成功」のうちに幕が開いた。
©Ken Howard/Metropolitan Opera