《フェドーラ》新演出 みどころレポート
音楽評論家 加藤浩子
黄昏の帝政ロシアを背景に繰り広げられる愛と裏切り!
旬のスターと美しい演出で「ゴージャスなMET」の醍醐味を〜ジョルダーノ《フェドーラ》
MET=ゴージャス。
そう期待している方、お待たせしました。新制作かつMETで25年ぶりの上演となるジョルダーノの《フェドーラ》は、今を代表するスター歌手、思い切り豪華で時代考証も踏まえた演出、甘く激しい音楽で、「これぞオペラ!」「これぞイタリア・オペラ!」の満足感を120%与えてくれる舞台である。《フェドーラ》が、METライブビューイング150回目という記念すべき公演の演目に選ばれたのはもっともだ。それだけ力の入ったプロダクションなのである。
《フェドーラ》は愛と裏切りのサスペンスドラマだ。このオペラでは秘密警察や密告がドラマの重要な要素だが、それは専制政治を行なって密告やスパイを奨励したロシアのロマノフ王朝、アレクサンドル3世の治世が背景になっているからである。
ヒロインのフェドーラはロシアの皇女(苗字は「ロマゾフ」となっているが、これは「ロマノフ」家のことである)。結婚の前夜に、婚約者のウラディミーロを殺される。犯人はロリス・イパノフ伯爵。動機は政治がらみと思いきや、ロリスの告白によるとウラディミーロは彼の妻のワンダと関係しており、ロリスは逢引の現場に踏み込んで彼を殺してしまったのだ。かつての婚約者への愛は憎しみに変わり、フェドーラは熱烈にアプローチしてきたロリスの愛を受け入れる。だがその直前に、フェドーラはロリスとその家族を秘密警察に告発していた…ストーリーは二転三転し、主人公たちは愛と憎しみの間を行き来する。
《フェドーラ》の原作は、フランスの劇作家ヴィクトリアン・サルドゥの戯曲。主役を演じたのは名女優サラ・ベルナールで、サルドゥは彼女のためにこのドラマを書いた。ベルナールのためのサルドゥの戯曲でオペラ化されたものといえば、プッチーニの《トスカ》が有名だ。実際、1898年に初演された《フェドーラ》と1900年に初演された《トスカ》には多くの共通項がある。サスペンス仕立ての愛のドラマと、激しく情熱的な音楽。プリマドンナ・オペラ(女性主人公が中心になるオペラ)であるのも同じだ。
《フェドーラ》は《トスカ》以上にプリマドンナ・オペラである。フェドーラはずっと舞台上にいて、ドラマの中心であり続ける。ミレッラ・フレーニやレナータ・スコットといった大歌手がキャリアの最終段階で歌ったほど、声にも表現力にも成熟が求められるのである。
今回フェドーラを歌ったソニア・ヨンチェヴァは、現代を代表する歌姫の一人。声はリリカルながら豊かに響き、どんな音域でも濁らず美しい。2017-18シーズンの《トスカ》の名演は記憶に新しいが、今回はそれを上回る熱量で、王家の血を引く誇り高さ、溢れんばかりの愛情と女としての脆さが同居する魅力的なヒロインを造形していた。
相手役ロリスのピョートル・ベチャワも絶好調。整ったフォームに乗って届く甘く情熱的な声は、テノールを聴く醍醐味を味合わせてくれる。真摯な歌いぶりも一途な役柄にぴったり。初演で名テノールのカルーソーが歌って以来人気アリアの地位を獲得している第2幕のアリア〈愛さずにはいられない〉では、客席の喝采が爆発した。
《フェドーラ》は、サンクトペテルブルク、パリ、スイスと移り変わる場面も魅力。それぞれの幕で音楽の雰囲気がガラリと変わる。第2幕のパリのサロンでは、フェドーラの友人のオルガが華を添える。今回このオルガに、世界を魅了するコロラトゥーラ・ソプラノ、ローザ・フェオラが起用されたのも贅沢だ。第2幕では本物のピアニストがピアノを披露するのも嬉しいが、その前景で恋人たちのやり取りが繰り広げられるのもスリリングだ。オペラを知り尽くしたマルコ・アルミリアートの指揮は、愛の場面を彩る情熱的なメロディや、色彩感豊かに描かれるサロンや別荘の情景を通して、映画音楽を先取りするような音楽のゴージャスさを教えてくれる。
とはいえ、MET=ゴージャスを再現してくれた最大の功労者は、演出のデイヴィッド・マクヴィカーだろう。これがMETにおける13作目のプロダクションになるという彼の演出は、伝統的な美しさに定評がある。今回も時代考証を踏まえ、サンクトペテルブルクの宮殿、パリのサロン、スイスの別荘をヴィヴィッドに再現。METの奥行きの広い舞台が十二分に活用され、第2幕ではサロンの奥にピアノのステージが、第3幕ではテラスの向こうにアルプスの風景が広がった。暗殺されたフェドーラの婚約者ウラディミーロを黙役で登場させたのも、卓抜なアイデアである。
愛、サスペンス、豪華さ、時代背景というスパイス、カラフルな音楽と情熱的な歌。METの《フェドーラ》には「オペラ」に夢見る全てがある。これぞ、オペラの陶酔。必見である。