モーツァルトの大人気オペラ!《魔笛》みどころ
堀内 修(音楽評論家)
《魔笛》は隅々まで面白い。主役というわけではない夜の女王の3人の侍女が、ハンサムな王子に見とれる、なんて場面の歌だけだって、モーツァルトの歌の魅力にあふれている。
3人それぞれが自分の感情を歌い、それが溶け合ったり反発したりして、美しい響きを作ってゆく。王女パミーナの悲しみの歌は言葉だけだではとても届かないほど、悲しみの深さを実感させるし、パパゲーノが登場する時の歌は、どんな説明よりもこの奇妙な若者の素直な性格を聴く者に納得させる。
モーツァルトはほんの短い歌で人の個性や良いところ悪いところを描く、オペラの天才だった。今度のMETのドイツ語版フルバージョンならきっとモーツァルトの傑作《魔笛》の魅力が隅々まで味わえる。
指揮するMETの名誉音楽監督ジェイムズ・レヴァインはモーツァルトのオペラの指揮で名を上げた人だが、とりわけ好んでいるのは《魔笛》で、キャリアの初期からくり返し取り上げてきた。パパゲーノとパパゲーナが結ばれる場面<パパパの二重唱>の、どこまでも明るい音楽はレヴァインの独壇場ではないだろうか。
レヴァインの演奏がメルヘンとしての《魔笛》をめざしているのは明らかだが、現在のMETのジュリー・テイモア演出と、ぴったり一致している。ジュリー・テイモアは日本でも人気の「ライオンキング」の演出家だ。
ピーター・ゲルブMET総裁の時代が始まった時、目玉のひとつとして登場した舞台だけれど、影を使ったり大きな人形を使ったりの幻想的な演出が、独特の清純さをたたえた音楽を引き立てる。火と水の試練は若い2人が越えるべき大切な過程として描かれ、王子タミーノと王女パミーナは幸福感に満ちて浄化されている。
レヴァイン自身が指揮したせいなのだろうか。歌手たちは常にも増して揃えられている。とりわけ注目されたのはタミーノを歌ったチャールズ・カストロノヴォだ。エクス・アン・プロヴァンスやウィーンで歌ったヴェルディ《椿姫》のアルフレードとしても魅力的だったのだけれど、実は凛凛しい王子タミーノを実現させるテノールだった。
パミーナだって、最近ドイツの舞台で大評判のゴルダ・シュルツは、王女の悲しみや喜びを美しく歌えるソプラノだ。
王子の相棒の鳥刺しパパゲーノを歌うマルクス・ヴェルバは適役というほかないし、ザラストロのルネ・パーペときたらもう長いこと歌っていて、本物の高層ザラストロに違いないと思えてくるくらい。
人形によって人の大きさを変化させ、幻想的な場面を作り出すテイモアの舞台につい目を奪われそうになるかもしれないが、今度の《魔笛》はレヴァインの完成形《魔笛》としてMETの上演史に刻まれる、傾聴すべき上演ではないだろうか。もちろん感心する前には、大いに楽しむことができるというもの。