《ハムレット》MET初演 現地レポート
音楽ジャーナリスト@いけたく本舗 池田卓夫
アラン・クレイトン入魂の演技で大成功、ディーン「ハムレット」のMET初演
シェイクスピア悲劇の傑作「ハムレット」に基づく同名の新作オペラの北米初演が2022年5月13日、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で実現した。
ブレット・ディーンは1985年から1999年までベルリン・フィルでヴィオラ奏者を務めた後に作曲へ転じ、「ハムレット」が2作目のオペラに当たる。カナダ人劇作家のマシュー・ジョセリン(1958―)に声をかけて原作の古い英語をそのまま生かし、分量と順番を調整した2幕の台本をつくり、作曲した。演出はディーンと同じくオーストラリア出身の映画監督、ニール・アームフィールド(1955―)が担った。2017年、英グラインドボーン音楽祭での世界初演はセンセーショナルな成功を巻き起こした。
舞台の基本はデンマーク王家の城の室内、先王の亡霊が現れる城壁、墓場の3か所だが、すべてが囲い込まれ閉ざされた壁の世界の中で展開する。ハムレットは時代を超えた黒い衣装のままで、孤立と死に直結した世界の存在だ。
王子ハムレット役の英国人テノール、アラン・クレイトンは「死ぬべきか、死ぬべきなのか(Or not to be…or not to be)」の言葉とともに現れ、ほぼ出ずっぱりの熱演で役になりきる。今回がMETデビューに当たったが、終演後は大喝采を浴びた。実の兄の先王を殺して王位を奪ったクローディアスのロッド・ギルフリー(バリトン)、ハムレットの母でデンマーク王妃ガートルードのサラ・コノリー(メゾソプラノ)、ハムレットの友人ホレイショーのジャック・インブライロ(バリトン)ら主要キャストは、そろって芸達者だ。オフィーリアのブレンダ・レイ(ソプラノ)も「ごく普通の少女が狂気に至る」対比を鮮やかに描いた。
誰でも何となく知っている「ハムレット」だけに、「現代音楽のオペラ」として恐れる必要は全くない。古い英語を生かしたテキストは古典の格調を際立たせ、ディーンの精妙な音楽がそれぞれの登場人物の心の動きを克明に描写する。かつての学友ながら、最後はハムレットを裏切るローゼンクランツ、ギルデンスターンをカウンターテナー2人が担い、コミカルな演技で大きな笑いをとる。ちょっとした、息抜きだ。
オーストラリアの若い指揮者、ニコラス・カーター(METデビュー)も、同時代作品のクールな響きをMETオーケストラから切れ味良く引き出して、客席を退屈させない。何より心配だったのは「グラインドボーンのように小さな劇場の密室劇がMETの大舞台に通用するか?」。実際には、より開かれた空間を得たことでシェイクスピアが悲劇の背後に忍ばせた喜劇の要素が無理なく浮かび上がるメリットもあり、心配は無用だった。