《トゥーランドット》みどころレポート

2022年6月3日 金曜日

フリーアナウンサー、大学教授 八塩圭子

大スペクタクル!絢爛豪華!ファンタスティック!

 

ゼッフィレッリ演出の《トゥーランドット》を表現するのに、どれだけ言葉を並べても足りない気がする。古代中国の宮殿がそこにあり、芸術的な装飾と煌びやかな衣装に目を奪われ、北京の活気やひといきれさえ感じる。舞台を飛び出した仮想現実の世界にどっぷり浸かり、あぁオペラって最高と心から楽しめる「That’s オペラ」なのだ。

プッチーニのこれでもかと盛り上がる音楽に圧倒され、心に訴えかけてくるアリアに涙して、合唱に胸の鼓動が抑えられない。聴きどころが満載すぎて、いつ来るかいつ来るかと常にワクワクしていないとならないため、全くもって油断も隙もあったものではない。

 

 《トゥーランドット》の中で最も有名なのは、カラフが歌う〈誰も寝てはならぬ〉だろう。トリノオリンピックでフィギュアスケート金メダルに輝いた荒川静香さんがこの曲で演技をしたことで日本中に知れ渡った。あの時、イタリアとの時差により早朝の生中継だったことで、「荒川さんの演技を見るまでは日本中、誰も寝てはならぬ」などと言ってメディアが浮かれていたのを覚えている方も多いはず。

 

 実は、オペラの中でも、夜明けに歌われる。カラフ(この時点では名前が明かされていない挑戦者)が、自らの名前を夜明けまでに知られずに済んだら勝ちという賭けに勝利することを信じて歌うアリアだ。何に挑戦しているかというと、男嫌いなトゥーランドット姫が求婚男性に謎解きを3つ出し、それに正解すれば結婚し、間違えれば首をはねるという残酷なゲームだ。カラフは父親や彼を愛する女奴隷リューの反対を押し切って挑んでいる。謎解き3つに正解したにもかかわらずやっぱり嫌だとごねるお姫様の前に、カラフが自分の名前を最後の賭けに使うことを提案する。北京の民に彼の名前を手に入れるまでは誰も寝てはならぬとトゥーランドットが命令するというシーンだ。

 

 ヨンフン・リーは無謀と純真を併せ持つカラフにぴったりの情熱的な歌声を響かせる。カラフを取り巻く2人の女性については、リューは軽やかなリリックソプラノ、トゥーランドットは強靭なドラマティックソプラノが歌う。リューは王子への愛に自分の命を捧げるという献身的な人柄で、いかにも儚げで世の中の男性が好む女性の象徴のように描かれる一方、トゥーランドットは冷徹かつ威圧的で、こんな女と結婚したら大変なのに何故だか惹かれる男の性もわかる、というような対照的なキャラクターとして描かれる。

 

 共に男性目線を勝手に感じてしまい、2人ともどうも好きになれなかったのだが、今回歌うエルモネラ・ヤホのリューとリュドミラ・モナスティルスカのトゥーランドットは違う。ヤホは究極のピアニッシモの中にも芯の強さを感じさせる。モナスティルスカは、愛を理解し愛に目覚めるまでの氷が溶ける過程をとても細やかに表現する。あぁそうか、2人とも葛藤があり、正しいかどうかではなく、自分の気持ちと向き合って意思を貫いた、そんな人間味あふれる人たちなのだなぁと、初めて友達になれそうな気がした。

 

 そう思わせてくれたのも、やはりMETライブビューイングだからこそ。歌手の表情を映画さながらに映し出し、幕間に入るインタビューで表現者としての考えや役との向き合い方に触れると、より深いところまで理解が及ぶのだ。モナスティルスカの祖国ウクライナへの想いにも心打たれる。ステージ転換のバックヤードは、セットの建て込みを通り越して、もはや建築である。開始まであと1分というところで、何かをはけで塗り直しているスタッフがいる。え?間に合うの?というドキドキ感さえ楽しい。いやもう、オペラって最高!ライブビューイングって最高!と思えること請け合い!

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