《蝶々夫人》みどころレポート

2020年1月22日 水曜日

音楽ジャーナリスト 石戸谷結子

 

 長崎を舞台にしたエキゾチックな悲恋物語《蝶々夫人》。誰もが知っているお話だけれど、明治初期の社会風俗や女性の哀しい生き方にも触れている奥深い物語だ。武士の娘に生まれた蝶々さんだが、父が帝の命により切腹させられて家が没落。生活のため15歳で芸者になった。ある日、宴席で知り合ったのが、アメリカの海軍士官ピンカートン。彼は寄港する港、港に愛人がいる独身の遊び人。しかし背が高く朗らかで、世界中で見聞きした珍しい話をしてくれる。ひと目で好きになった蝶々さんは、仲介人ゴローの話に乗り、結婚する。本当はお妾さんだったのだが・・。

 

 ロンドンでデヴィッド・ベラスコの戯曲《蝶々夫人》のお芝居を見たプッチーニは、蝶々さんにすっかり魅了される。すぐに楽譜を取り寄せるなど研究し、日本の俗謡や童謡、民謡などを巧みに楽譜に散りばめて、エキゾチックな旋律を作曲した。

 演出のアンソニー・ミンゲラはアカデミー賞受賞の映画『イングリッシュ・ペイシェント』の監督。シンプルな装置を使い、カラフルで目の醒めるような舞台を創り出した。純白の花嫁衣裳を着た蝶々さんが、芸者たちと一緒に登場する場面は、まるで一幅の絵のよう。芸者たちの衣装も凝っていて、カラフルでサイケデリック。まさに、プッチーニが思い描いたエキゾチックで夢幻的な雰囲気に満ちた美しい舞台が見どころだ。

 

 それから3年後。第2幕の蝶々さんは18歳になり、目の青い男の子を産んで育てていた。国に帰ったピンカートンからは何の連絡

もなく、お金も底をついていた。それでも蝶々さんはピンカートンの帰国を信じ、有名なアリア〈ある晴れた日に〉を歌う。蝶々さんを歌うホイ・へーは中国生まれで、世界中でこの役を歌っているドラマチック・ソプラノ。強靭な声と演技力で、必死に生きる蝶々さんを感動的に演じている。ピンカートンを歌うのは、アメリカ人テノール、ブルース・スレッジ。彼は急遽代役として舞台に立ち、初役にもかかわらず、安定した歌唱で3幕のアリア〈さようなら、愛の家よ〉を歌い、輝かしい高音を響かせた。

 

領事役のパウロ・ジョットはミュージカルで大人気になったハンサムなバリトンで、ダンディな大人のシャープレスを演じている。もう一人、忘れてならないのが、蝶々さんの幼い息子。じつは3人の黒子が操るパペットなのだ。日本の文楽から学んだという人形遣いたちが、男の子を実に表情豊かに自在に動かし、聴衆の涙を誘う。

 

 

 そして第3幕の幕切れ、蝶々さんは子供をピンカートンに渡して自殺を決意する。ホイ・へーは渾身の演技で凛々しい蝶々さんの自害の場をドラマチックに演じた。

 METライブビューイングの映像では、幕間にホイ・へー、パウロ・ジョットなどのインタビューや、初演時のアンソニー・ミンゲラを追った舞台制作過程のドキュメンタリーも挿入されて、見どころいっぱい。ライブとはまた一味違う楽しみが待っている。

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