《マノン》みどころレポート

2019年11月20日 水曜日

音楽評論家 加藤浩子

 

マノンの罠に、陥ちてみよう〜登り坂の歌手たちと秀逸な演出で体験する19世紀パリの「魔性の女」〜

 

 《マノン》は、女にとっても男にとっても「冥利」に尽きるオペラである。女なら誰でも一生に一度くらい男を狂わせてみたいと思うだろうし、男なら誰でも一生に一度くらい破滅するほど女にのめり込んでみたいと思うのではないだろうか。フランスの名匠マスネの《マノン》は、甘くとろけるような音楽ともどもその願望を叶えてくれる名作である。

 ヒロインのマノンは、男を惑わせる「魔性の女」の代表格。フランス・オペラには《カルメン》のカルメンや《サムソンとデリラ》のデリラなどこの手のヒロインが多いが、18世紀の作家アベ・プレヴォの小説から生まれたマノンは別格だ。何しろ「一生涯恋をして、一週間しか貞節でいられなかった」(ノーベル賞作家A・フランス)のに、いざ相手の心が離れるとまた欲しくなる。「マノンは全てが欲しいのです」「マノンは自分しか愛していない」(マノン役L・オロペーサ)のだから手に負えないが、それがまた魅力なのだ。しかも社交界の花形から女囚!まで、人生もまさに激動。その時々のプリマドンナたちが演じたがるのも当然だろう。

 

 今世界でもっとも注目されるライジングスターL・オロペーサは、疑いなく世界でもっとも魅力的なマノンのひとりだ。キラキラとした輝きと豊かな表情に溢れた芯のあるしなやかな声、大きな瞳が印象的な美貌とマラソンで鍛えた抜群のスタイルで、目も耳も魅了してくれる。何より「今が旬」のオーラが全開なのだ。第3幕のアリア〈私が女王のように街を歩くと〉ではまさに女王のように君臨し、その後のデ・グリューを口説く二重唱では全てを投げ出して彼を抱擁へと誘う。その声と姿のコケットリーなこと!この女性に抗える男など、いるだろうか?

 

 デ・グリュー役のM ・ファビアーノは、そんな男の体たらくを大熱演。第3幕の神学校の場面で、マノンを諦めきれない葛藤を歌うアリア〈消え去れ、優しい面影よ〉は絶唱だった。その直後にマノンが現れた時の驚愕の表情も絶品。女に夢中になるとはこういうことなのだと思い知らされた。レスコー役のA・ルチンスキーも上り坂の名手。そのような歌い手たちのエネルギーが、画面からガンガン伝わってきた。M・ベニーニの指揮も出色。弾ける爽快感と色彩感に富んだ音楽は、マスネがルノワールとモネの同時代人であることを教えてくれる。

 

フランスの人気演出家L・ペリーの演出は、設定を台本の18世紀から19世紀に移し、歪んだ装置などに世紀末の空気も反映させつつ衣装などで楽しませてくれる。6着を着回すマノンの衣装は圧巻だが、それ以外の女性の衣装も白とピンクのグラデーションで、灰色が基調のセットに映えて本当に美しい。第3幕のバレエシーンでは、ドガが描くような踊り子たちが登場する。

幕間のインタビューで見逃せないのが、プロンプターへのそれ。プロンプター目線からの映像もあり、仕事の様子がよくわかって興味深い。

旬のスターから裏方仕事まで、見どころ満載の《マノン》。マノンの罠に陥ちる快楽を、ぜひ。

 

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