《カルメル会修道女の対話》みどころレポート
音楽ジャーナリスト 石戸谷結子
楽しくなければオペラではないけれど、楽しいだけがオペラじゃない!
ときにオペラはわたしたちが生きるうえで、大きな指針を与えてくれるもの。
死とは何か、信仰とは何かを自分の胸に問いかけずにはいられない、深く感動的な作品もあるのだ。METライブビューイング、今シーズンの最後を飾るのが、フランスの作曲家プーランクの《カルメル会修道女の対話》だ。新音楽監督のネゼ=セガンが、最も得意とするレパートリーの一つである、近代フランス音楽の傑作オペラを渾身の力を込めて演奏した!
じつはこの作品、史実に基づいている。1789年、バスティーユ襲撃で始まったフランス革命は、ロベスピエールの恐怖政治へと移り、宗教も弾圧される。そして1794年、信仰を捨てず、殉教を決意したカルメル会修道女16名がパリで断頭台の露と消えたのだ。所用で外出していて逮捕を免れた一人の修道女が手記を書き、それを基にドイツの女流作家ル・フォールが小説『断頭台の最後の女』を発表した。そして、ジョルジュ・ベルナノスの脚本をもとにして、プーランクのオペラが生まれた。ストーリーは暗い悲劇だが、音楽はあくまで清澄でメロディック。崇高な旋律が美しい。
今回の《カルメル会修道女の対話》は、1977年にプレミエ上演された、演出家ジョン・デクスターの傑作舞台。抽象的でシンプルな装置は、修道女たちの深層心理を巧みに暗示していて、聴衆を敬虔な宗教世界へと導いてくれる。歌手たちは、主役の貴族出身の若い修道女ブランシュを演じたI・レナードを始め、METならではの豪華なキャストが並ぶ。レナードは《マーニー》でも謎めいた女性を主演して、美声と表現力が絶賛されたばかりだが、今回は押さえた演技で葛藤しながらも恐怖を乗り超え、殉教に魂の安らぎを見出す若き修道女ブランシュを、感動的に演じ切った。苦悩のうちに死を迎える前修道院長を演じた名ソプラノ、K・マッティラの強い表現力、母性味があり、説得力ある歌唱を披露した新修道院長役のA・ピエチョンカ、純真で曇りのない修道女コンスタンスを好演したE・モーリーなど、実力派歌手たちがずらりと顔を揃える。またブランシュの兄、騎士のD・ポルティッヨの瑞々しい美声にもご注目。
場面は大きく2幕に設定してある。見どころは、前半では病の苦痛の中で死を迎える前修道院長をブランシュが看取る壮絶な場面、後半では断頭台に送られる修道女たちが〈サルヴェ・レジーナ〉を歌う衝撃のラストシーン。処刑を知らせる鋭いギロチンの音をかき消すように、高らかに歌われる修道女たちの澄んだ聖歌が感動を誘う。ネゼ=セガンの指揮は、プーランクの透明な色彩感に溢れた音楽を、ニュアンス豊かに表現している。とくに間のとり方が絶妙で、緊迫した場面が続くこのオペラを、より精巧で印象深いものにしている。
日常を離れ、ときに静謐な信仰生活と神との強い絆の世界を感じてみませんか?