《ワルキューレ》みどころレポート

2019年4月24日 水曜日

 

音楽評論家 広瀬大介 

 

どの歌劇場にとっても、オーケストラと歌手、そしてスタッフ全員に多大な負担を強いるワーグナー作品を上演することは、決して生やさしいことではない。

 

世界中から超一流の歌手が集まるメトロポリタン歌劇場といえども、いや、だからこそ、だれもが納得するレヴェルでのワーグナー上演を実現しなくてはならず、そのプレッシャーはほかの歌劇場に比べてもはるかに強いのでは、と想像される。
 今回の上演を成功へと導いた真の立役者は、明るい音色を持ち味とするオーケストラから、その長所はそのままに、ワーグナーの重厚なサウンドを導き出した指揮者フィリップ・ジョルダンであろう。インタビューなどに目を通すと、みずからをワーグナーのスペシャリストとは自認していないようではあるが、オペラに対するジョルダンの優れた感性は、当然ワーグナーでも活かされている。ここ数年はワーグナー作品だけを上演する夏のバイロイト音楽祭で『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を指揮しており、作品を知り尽くした玄人からの評価も高い。

 

 休憩2回を含む5時間弱の上演時間に驚かれるオペラ・ファンも多いとは思うが、このジョルダンが作る立体的かつ雄弁な音楽の完成度は実に高く、その響きに身を委ねているだけでもこの時間を映画館で過ごす価値がある。上演に4夜を要する、ワーグナー畢生の大作《ニーベルングの指環》の中でも、とりわけロマンティックな筋書きと音楽に満ちた《ワルキューレ》であれば、この5時間はあっという間に過ぎ去っていることだろう。

 

 もちろん、万全の歌手陣が上演をさらに盛り上げていることは言うまでもない。禁断の兄と妹との愛を描く第1幕で、自らの運命を果敢に切り拓こうとする妹ジークリンデを歌うエヴァ=マリア・ヴェストブルックの歌と演技には、すべてのひとが目を奪われずにはいられない。愛する妹を妻にして全力で護ろうとするも力尽きる兄ジークムントは、スチュアート・スケルトンが力強く造形。敵役たるフンディング役のギュンター・グロイスベックすら、その存在感が愛おしく感じられる。

 

 神々の威厳も声の威力とともに輝きを増す。クリスティーン・ガーキーの歌うブリュンヒルデ(タイトルの《ワルキューレ》(戦乙女)は彼女のこと)は、神の強さと人間の優しさを併せ持つ繊細な歌唱。明るい声で力強く第2幕以降を牽引するグリア・グリムスリーは、権力と愛の狭間に悩む大神ヴォータンに人間の息吹を与える。

2010-11年シーズンに制作されたロベール・ルパージュの演出は、ト書きに忠実な演出を志向するMETの伝統と、新たな表現の可能性に挑む次世代のエンターテインメントを見事に調和させている。大画面で鑑賞するライブビューイングには、ワーグナーの壮大な世界がよく似合う。

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