《アドリア―ナ・ルクヴルール》新演出 みどころレポート

2019年2月13日 水曜日

音楽評論家 奥田佳道

女優を女優が演じる。

18世紀パリの人気劇場コメディー・フランセーズの女優“アドリエンヌ・ルクヴルール”(1692~1730)を、現代オペラ界きっての大輪の華アンナ・ネトレプコが歌い、演じる! 

 

美しくも哀しい調べが聴こえてくる。狂おしいまでの想い、愛ゆえの嫉妬もこのオペラの「示導動機」となる。気高い歌が悲劇を際立たせる。フランチェスコ・チレア(1866~1950)のかぐわしいオペラ《アドリアーナ・ルクヴルール》を愛するファンは数知れない。1902年の晩秋にミラノで初演された佳品だ。

 オペラの舞台は1730年春、パリの愛すべき劇場。コメディー・フランセーズの女優アドリアーナ・ルクヴルールは、旗手に身分を隠したザクセン伯爵マウリツィオと愛し合っていた。しかしブイヨン公妃もマウリツィオに想いを寄せている。いっぽう劇場の舞台監督ミショネはアドリアーナに恋心を抱いている。初老の彼は、少しためらいがちに。

 

とある「事件」をきっかけに、アドリアーナとブイヨン公妃はお互いの胸の内を知ってしまった。マウリツィオをめぐる恋敵として烈しく渡り合う二人。ブイヨン公妃は、毒を仕込んだスミレの花束をアドリアーナ・ルクヴルールに送りつける──。

ソプラノにとって究極の役である。いつ、だれがアドリアーナ・ルクヴルールを歌うか。私たちはいつも女優の出現を待っている。上演史をひもとけば、そこにはマグダ・オリヴェロ、レナータ・テバルディ、モンセラート・カヴァリエ、レナータ・スコット、ミレッラ・フレーニら伝説的な歌い手が並ぶ。今、アドリアーナはアンナ・ネトレプコだ。ローマで《マノン・レスコー》、ザルツブルクやMETで《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラ、《アイーダ》を歌っては満場を沸かせてきたネトレプコが、アドリアーナの名アリア〈私は芸術の卑しい僕〉を歌い出し“神が授けて下さる言葉を人々の心に伝えます”と続けた瞬間、METに新たな歴史が創られた。

 

艶やかなネトレプコと火花を散らすのは《アイーダ》でも恋敵だったメゾソプラノの新女王アニータ・ラチヴェリシュヴィリで、内に外に「強い」声を持つ彼女たちをその気にさせるマウリツィオ公にピョートル・ベチャワ、アドリアーナを見守る劇場監督ミショネにアンブロージョ・マエストリ、ブイヨン公にマウリツィオ・ムラーロとは、これ以上何を望もうかというキャスティングではないか。

これがMETなのだ。そんな歌役者たちを、さらなる高みに導くジャナンドレア・ノセダの情熱ほとばしるタクトも上演の主役だ。

 

 主役と言えば、古き良き時代のパリの劇場の匂いをも感じさせるスコットランド出身の才人デイヴィッド・マクヴィガーの新演出に喝采を。アドリアーナたちの胸の内、心の揺らぎを映し出すバロック館の、何と美しいこと。

 こんな《アドリアーナ・ルクヴルール》を待っていた。観たかった。オペラ好きの声が聞こえてくるようである。

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