《マーニー》現地レポート
ジャーナリスト 池原麻里子
巨匠ヒッチコックも映画化した衝撃の心理サスペンス!
魅惑されずにいられない美女マーニーの秘密とは!?
11月10日はMETがニコ・ミューリーに委託した《マーニー》のプレミア。劇場にはミューリー同様、黒ずくめのファッショナブルな若いニューヨーカーたちの姿が目立つ。そこには、自らのオペラもMETで上演された大御所たちフィリップ・グラス(ミューリーの師匠)やジョン・アダムズの姿も!
ホットな新進気鋭の作曲家(1981年生)ミューリーは、『トゥー・ボーイズ』(2013年)でMETデビュー。ビョークや振付家バンジャマン・ミルピエなど幅広いジャンルのアーティストとのコラボで、その多才ぶりを発揮している。
本作品は演出家マイケル・メイヤーが、ウィンストン・グラハムの同名小説のオペラ化をミューリーに呼びかけたもの。原作はヒッチコックによって、『鳥』で有名なティッピ・ヘドレンを主役、相手役にショーン・コネリーで映画化されたこともある。
舞台は1959年のイングランド。謎の美女マーニーは、次々と職場と姿を変え、盗みを働く。彼女に惹かれた印刷会社社長マーク・ラトランドは、その盗癖を承知で雇う。マーニーは金庫から金を盗もうとするが、その犯行場面を見守っていたマークは彼女を警察に通報すると脅し、強引に結婚。しかし、決して心を開かないマーニー。身元調査や精神分析によって、彼女が抱えている精神的なトラウマの原因が徐々に明らかになってくる。果たして、その謎とは?
このサスペンスが音楽と演出で見事に表現されていて、一瞬も目が離せない。印象的なのは、マーニーだけでなく、本人にしか見えない自身の心理状態や過去を表す分身4人の影の存在。彼女たちの衣装は、1950年代を象徴するポップな原色で、スタイリッシュだ。インスピレーションは当時のジャズアルバム・ジャケット。特に、パーティーに登場するマーニーのオレンジ色のロングドレスがゴージャスだ。デザイナー、アリアンヌ・フィリップスはこれをバレンシアガとマリア・カラスへのオマージュと語る。衝撃的な狩猟シーンでの赤の乗馬ジャケットと白いジョッパーも格好良い。なんとマーニー役の衣装替えは15回。謎めいたマーニーの心情をカモフラージュするかのような華やかな衣装展開に注目したい。
そしてカラフルな衣装と対照的なのが、演出。ダークな照明やプロジェクション・マッピングを利用することで、サスペンス一杯の陰影が加わり、登場人物たちの不安感がひしひしと伝わってくる。続々と変わるシーンも、プロジェクションと柔軟なセット移動によって、途切れなくスムースに展開されることで、サスペンスが盛り上がる。特にドラマチックなのが第一幕の終わり。自殺を図るマーニーのシーンの演出は衝撃的で息をのむ。
本作品は作曲家ミューリーが、メゾソプラノ、イザベル・レナードのために作ったものだが、彼女のモデルのような美貌とスタイル、そして名演技は必見!それぞれの場面で、暗い過去を抱えたマーニーの影ある心情を細やかに表現している。マーク役はエレガントなバリトン、クリストファー・モルトマン。自分の欲望を満足させるためにマーニーを拘束していると思われかねない難しい役柄を、報われない愛を信じ続け苦悩する思いやりある男性として描いている。そして見逃せないのが、マークの弟テリー役カウンターテナーのイェスティン・デイヴィーズ。メゾやバリトンが主役の中で、天使のようなピュアな声で真実を歌う。顔に醜いあざを持って生まれ、アウトサイダーとして生きてきたテリーは、同じくアウトサイダーのマーニーの同類なのだ。マーニーの母役はベテラン・メゾ、デニース・グレイヴスで、悪役を見事に演じている。
オーケストラもストーリーの進行にかかわるような曲造りとなっている。
最後のシーンではマーニーの過去の偽名の数々が歌われる。それは過去の真実を知ることによって、呪縛から自由になったマーニーを包み込む荘厳な合唱で、もともと教会で合唱曲も作曲していたミューリーの古典的音楽様式に基づいた手法の聴きどころと言える。
さて、拍手喝采の初日のカーテンコール。そこにイザベルに手を引かれて登場したのは、なんと真っ赤なドレスに身を包んだ伝説のハリウッド女優ティッピ・ヘドレン(89歳)だった!まさかここでヘドレンに会えるとは。私も観衆も大興奮の夜となった。新作とは言え、決してとっつきにくい音楽ではないし、METならではの一流の歌手陣と見事な演出。これは見逃せない。原作や映画と比較してみるのも、1つの楽しみ方だろう。