《サムソンとデリラ》現地レポート
音楽ジャーナリスト 石戸谷結子
スペクタクルな演出と、最高の歌手たちが揃った必見の舞台!
10月下旬のニューヨークは北風が吹き荒れ、すっかり冬の装い。とはいえ街角は大きなカボチャやハロウィン・グッズで飾られ、深い秋色に染まっていた。そんな中で観た《サムソンとデリラ》は歌手たちも舞台も超ゴージャス。観劇日はライブビューイング中継当日とあって、客席も一段と華やかだ。
《サムソンとデリラ》は旧約聖書の中の一書である士師記(ししき)を基にした物語。サムソンはイスラエル人の英雄で怪力の持ち主だが、ただ一つの弱点は女に弱いこと。かつて恋仲だった妖艶な美女デリラは敵方ペリシテ人の女。彼女は密命を受け、サムソンを何度も色香で迷わせ、怪力の秘密を探り出そうとしている。果たしてサムソンはその誘惑に勝てるのか。
幕が開くとそこは中東風な空間。虐げられたイスラエル人たちの嘆きが感動的に響く。じつはこの作品、最初はオラトリオ(宗教に題材をとった楽曲で、とくに合唱が重視される)として構想されたため合唱部分が充実しているのだ。サムソンは人々を鼓舞し、敵に立ち向かおうと呼びかける。サムソン役のR・アラーニャは、(途中から降板する日もあったというが、)この日は絶好調。声量も充分で、なによりフランス語の響きがなめらかで甘く、高音も輝かしい。怪力の源となる波打つ金髪も似合ってスリムになり、若返ったかのよう。そこに、華やかに装ったペリシテ人の娘たちを従えたデリラが登場し、サムソンを誘惑にかかる。デリラを演じるのはまさに絶世の美女、E・ガランチャ。ビロードのようになめらかな響きと妖艶な音色でアリア〈春が来れば〉を歌うと、サムソンはデリラの色香にすっかり魅了される。この場面ではサムソンだけでなく聴衆も、デリラに完全に魅惑されてしまった。
2幕はデリラの家のあるソレクの谷。来てはいけないと思いながらも会いにやって来たサムソンを、手練手管を駆使して誘惑するデリラ。ガランチャは色鮮やかなドレスを身に纏い、甘い言葉でサムソンを誘惑する。二人の濃密な愛の二重唱とデリラの有名なアリア〈あなたの声に心は開く〉が聴きものだ。サムソンは「デリラ、愛している」と繰り返して骨抜きにされる。そしてついに、怪力の秘密をデリラに漏らしたサムソンは、力の源であった髪を切られて捕えられる。
3幕はエキゾチックなダンス場面の〈バッカナール〉が、オーケストラの聴かせどころ。盲目にされたサムソン(実際に目隠しされ、全く見えない)は辱められ、最後に力を振り絞って神殿を崩壊させ、ペリシテ人もろとも下敷きになって果てる。この場面はペリシテ人が崇拝するブルーの巨大な像と、神殿崩しが見どころ。D・トレズニヤックの演出は、カラフルで華やかで、さらにエキゾチックでゴージャスな舞台。照明で次々とシーンが変化し、息もつかせぬ展開に聴衆は拍手喝采だった。歌手は大スターのアラーニャ&ガランチャに加え、大祭司役のL・ナウリも悪役に徹し、力強い歌唱を披露。またイスラエルの老人役のD・ベロセルスキーは深々とした美声を響かせた。エンターテイメントに徹したスペクタクルな演出と、最高の歌手たちが揃ったこの舞台、これは決して見逃せません。