小説家であった祖父は常々言っていた。曰く。
如何に無駄に思えることでも必ず意味があり――
〝答え〟があるのだと。
故に。猫も杓子も私の見目だけを見て。
『君はアイドルになるべきだ』
などと幼少時より言われ続ける理解に苦しむ事柄にも、屹度(きっと)意味がある筈だった。
『なれるよ』『なるべきだ』『なってほしい』
絶え間なく降りかかる期待の三段活用。
皆が皆、寄ってたかって揃って何故。
私の人生に気安く口を出す?
それこそお節介というものではないか!
はたまた〝人生は自分のものである〟という、至極真っ当な常識に誤謬(ごびゅう)でもあったのか。
そもそも人生とはなんなのだ? 分からぬ。
人類誕生以来の難題に〝答え〟などある訳がなかろう。
『簡単だな』
しかし。
祖父は易々と答えた。
『人生とは〝仕事〟だ』
祖父曰く。
どうやらそういうことであるらしい。
眉をしかめたのが伝わったかは分からぬが、祖父は片頬を上げて付け足した。
『他人のことは知らん。俺にとってはそうだ』
「でしたら……何故小説家という〝仕事〟を選ばれたのですか?」
『他のことができなかったからだ』
祖父は煙管を吹かしながら言う。
「小説が好きだったのでは?」
『特段ないな』祖父はあっけらかんと笑った。
『好きを追い求めるより、自分に向いている仕事をする方がずっと良い』
「それが人生になろうともですか……?」
『面白いことを聞くな。それが人生になるからこそさ』
祖父はやはり片頬を上げ、ぶっきらぼうに付け加えた。
『他の人は知らん。俺にとってはそうだ』
祖父曰く。
好きよりも、自分に向いている仕事こそが〝人生〟であるらしい。
で。
あるならば。
私にとって〝人生〟となり得る物とは。
私が好きより向いている〝仕事〟とは。
一体なんであるというのだろう?
『なれるよ』『なるべきだ』『なってほしい』
他人より絶え間なく降りかかるお節介の三段活用が、ぐるぐると頭の中を巡った。
* * *
祖父が亡くなり、1月余りが経った。
遺品整理というものを本来誰が行うべきか分からぬが。
仕事部屋の整頓は孫の私ひとりに任せてほしいと遺言に書かれていたためそうした。
普段より簡便平易な生活を営んでいた祖父のことである。
何も隠す物はあるまいと思っていた矢先の事だ。
年季の入った無垢材の机。
その一番下の引き出し奥から。
幾何学模様の風呂敷で包まれた、古びたブリキ缶の箱が出てきた。
――嗚呼、此れか。
などと私は直感した。
何も隠す物はあるまいと思ったが……
嗚呼、此れのためだったのか。
後ろを振り向く。部屋には私ひとりだ。
悪戯の共犯者にでもなったような心地で短く息を吐き。
結び目をほどいて、箱の蓋を持ち上げると。
中から出てきたのは。
「……手紙?」
手紙だった。それも沢山の。
容れ物と同じく年季が入っているものもあれば、ごく最近書かれたようなものもある。
宛先は当然、祖父に向けてだ。
裏面を見る。差出人は。
差出人も――祖父になっていた。
「よもや……不可思議」
頭がひどく混乱した。
祖父から他ならぬ〝祖父自身〟に宛てられた手紙の束。
切手もひとつひとつ丁寧に貼られ、消印もついている。
祖父曰く、この世のすべての事柄に答えは在るらしい。
如何に無駄に思えることでも必ず意味があり。
――〝答え〟があるのだと。
ならば。
この自分自身に宛てられた、延々と繋がる手紙問答にも。
猫も杓子も首を傾げるような無駄な行いにも。
確固たる意味があったということでしょうか。
私には未だ――その答えが分からずにいます。
* * *
祖父曰く。
『人生とは仕事だ』ということであるらしい。
さらに曰く。
『好きよりも向く仕事が良い』とのことらしい。
私にとって〝人生〟となり得る物とは。
私が好きより向いている〝仕事〟とは。
一体なんであるというのだろう?
『なれるよ』『なるべきだ』『なってほしい』
他人より絶え間なく降りかかるお節介の三段活用が、ぐるぐると頭の中を巡っている。
「アイドルとは一体――なんなのだ?」
猫も杓子も私の見目だけを見て。
『君はアイドルになるべきだ』
などと。
皆が皆寄ってたかって揃って何故。
私の人生に気安く口を出す?
この理解に苦しむ事柄にも、屹度意味がある筈だというのなら。
『なれるよ』『なるべきだ』『なってほしい』
絶え間なく降りかかるお節介の三段活用に。
――少しばかり乗ってやることもやぶさかでない。
嗚呼。
そうか。
〝人生は自分のものである〟という至極真っ当な常識には、どうやら誤謬があったらしい。
然し。
それがなんだ。
自分の人生に他人が口を出して何が悪い?
猫も杓子も私にアイドルになる『べき』というお節介を押し付けてくるのならば。
いつかその〝答え〟たるものを完膚なきまでに見つけ出し。
まさしく〝アイドルの答え〟とも言える存在に――
私はなってやろう。
他人のことは知らん。私にとってはそう決めた。
* * *
祖父の仕事部屋の整理が終わった。
迷いはしたが、ブリキの箱は誰にも明かさず持ち帰ることにした。
他ならぬ祖父自身がそう望んでいたからだ。
仔細を此処に記するは控えるが、祖父がそう言うのなら、そう言うことなのであろう。
自らの部屋に戻り。
手紙を消印の日付順に並べていると、とある事実に気が付いた。
祖父から祖父に向けられた、果ての無い手紙のやり取り。
その一番古いものの消印は他ならぬ。
――この私が生まれた日になっていた。
この世のすべての事柄に答えは在る。
祖父曰く。如何に無駄に思えることでも。
必ず意味があり答えがあるのだと。
ならば。
その日付が示す意味は――。
私は手のひらで目頭を覆い、木造の天井を仰いで。
この自己完結の手紙問答に、屹度意味があるのだとするならば。
他の祖父の本と同じように、紙が擦り切れるくらいには読み込んで見せましょう。
ここに在るのは、小説家であった祖父が私に残してくれた。
――大切な〝人生〟なのだから。
それが私の、あなたのお節介に対する答えです。
合っていますか。どうでしょうか。
他の人のことは知りません。
私は私の〝人生〟に。
これからも〝答え〟を出していくことにします。
この世のすべての事柄に意味を見出し終えるまで。
どうか見守っていてください――
* * *