映画・アニメの世界

vol.6 録音

自然な音を紡ぎだす
録音 鈴木肇

雑踏、声、服のこすれる音…。聞き逃してしまうほどに、あたりまえな音の数々。映画の世界へと観客を引き込むため、一分一秒の音に全てをかける仕事がある。今回は松竹撮影所より録音の鈴木肇さんをご紹介します。

Q.録音を志すようになったきっかけを教えてください。

鈴木:技術パートがやりたいという思いから映像製作の専門学校へ通っていました。知人の紹介で大船撮影所の録音部が見習いを探していると誘われたのがきっかけで、この道に入りました。1カ月の見学期間を経て、マイクマンとして昼の連続ドラマに就いたのですが、最初は画面の中にマイクや影を出してしまい、しばらくは怒られてばかりでした。
 サード助手として映画に携わったのは、1983年公開の木下惠介監督『この子を残して』です。木下組は長回しが多く、マイクブーム(竿)の重さで腕が震えたのを覚えています。
 大船撮影所の録音部で契約として4年位在籍した後、先輩の誘いもあり外の世界も見てみたいという思いからフリーになりました。その後も大船撮影所から声をかけられ、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズなど数々の作品に参加しました。松竹とは縁があり、映画の技師デビューも松竹作品で、その後40才頃に松竹に正式に入社、今に至ります。

Q.お仕事の一連の流れを教えてください。

鈴木:最近は、撮影前の美術打ち合わせから参加するようにしています。美術部が中心となって監督の要望を確認し、撮影の詳細をつめる会議ですが、音がらみの話にもなります。例えば、カラオケなどで歌うシーンがあると監督の狙い「このシーンはこんな方法で処理したい」とか、大まかな音楽撮影のイメージが掴めるので、先行して準備ができます。
撮影が始まったら、同時録音で台詞やアクションノイズを拾いますが、『こんな夜更けにバナナかよ』の時は、呼吸器など医療機の音や虫の声など、その土地でしか録れない環境音や効果音は出来るだけ押さえます。大勢のエキストラが出演するシーンでも芝居中はパントマイムにして、撮影後に大勢のガヤ声や粒だった声も音だけ(サウンドオンリー)録音しました。

―録音部は何人体制なのでしょうか。

鈴木:映画では4人体制、テレビでは3人体制が一般的です。録音技師、チーフ助手、セカンド、サードという編成です。サード助手は、バッテリーのチャージなど機材周りを管理することで機材の役割を覚え、メインマイクマンを目指します。
 セカンド助手は、メインマイクマンとして長いブームの先にあるガンマイクを動かし、台詞を的確に狙います。照明や太陽の影が出たりするので、慣れるまで大変です。チーフ助手は俳優さんにワイヤレスマイクを仕込み、ノイズなど現場の条件を整えセカンドやサードに指示を出して現場を仕切ります。
 録音技師は、現場から離れたところに録音ベースを構え、ミキサーを操作し台詞の音量や音質を調整してレコーダーに録音します。
 私が始めた頃は、6mmテープのモノラルレコーダー1台(※1)とガンマイクが数本でしたが、今ではレコーダーもHDDやSSDの入力が8チャンネル以上のマルチレコーダーを使うようになり、ワイヤレスマイクなど他の機材も大幅に増えて録音専用車がなければ積みきれません。助手さんも覚える機材が多くて大変です。
―撮影時にはどのようなことに気を付けられるのでしょうか。

鈴木:台詞の明瞭度、滑舌、イントネーションには注意し、画に合った自然な音を目標にしています。ノイズなどで問題があったら、すぐに一言だけもらう事もあります。録音ベースは持ち運ぶ機材が多く移動が大変なので、効率の良い場所に構える事が大事です。
―撮影後はどんな作業をされるのでしょうか。

鈴木:編集が始まり綿密な作業を繰り返し約1カ月後に、皆で確認試写するオールラッシュで尺が決まります。ここから録音部は仕込み部屋(小部屋)に入って、DAWプロツールスという、音の編集機で長い作業が始まります。撮影時に録音した音声データの整理をして、次に余計なノイズを消します。今は便利なソフトがあるのですが、それでも時間が掛かります。1日やっても平均5分位しか進まないので、オールラッシュから35日以上時間を貰います。アフレコなど後からスタジオで録った音を現場の音に馴染ませるアンビエンス(響き)などを済ませて、いよいよダビングスタジオに移動します。
 大きなスタジオに移動してからは、台詞チームと効果チームと音楽チームが集まり、プリミックスが始まります。それぞれが音を出して、バランスやタイミングの調整を4日位掛けて準備していきます。最終日に監督に観てもらい、要望を聞いて修正を加え、翌日からの本番に備えます。台詞と音楽と効果音を合わせ確認するダビングミックスは、1日20分位に分けておおよそ6日間で進めていきます。最終日に通しで確認し監督やプロデューサーのOKが出ればダビング作業は終了です。それから1週間後に現像所で関係者のための初号試写となります。これで問題が無ければ、確認試写の後、DCP(デジタルシネマパッケージ)が全国の映画館に配られます。作品の予算で日程も変わりますが、こんな感じです。
―細かい効果音などはどのように録音されるのでしょうか。

鈴木:効果部が、フォーリー(フォーリーサウンド)といって効果のアフレコで画に合わせて録音します。フォーリー部屋を借りて6日位かけ、実際に役の扮装をして服のこすれる音や飲み込む音まで映画の中で音がするものは全てやります。足音だけでも履物を変えて、アスファルト、土、砂利、芝生、畳、フローリング、などで人数分を、とても膨大で細かくて大変な作業です。

Q.近年ではドルビーシネマの導入やIMAXなど、最新技術の発展により、音の質の良さを求めてくるお客様も増えました。そういったニーズの変化によって、現場は変わりましたか?

鈴木:6年ほど前から、球体にマイクが5つ付いた5チャンネルマイクを使うようになりました。レコーダーも8チャンネルレコーダーを2台同時に回し、マイクの数だけセパレートで録音しています。DCP 5.1チャンネル(※2)における広がり感や左右の定位感に対応するためです。
―音質の良さを求めて機材が変化をする中で、心掛けられていらっしゃることはありますか?

鈴木:もちろん機材は大切ですが、それ以上にガンマイクやピンマイクのポジションにこだわります。きれいな音だけではなく、芝居にあった音。映像に合った自然に感じる音を目指しています。

Q.録音技師に求められる素養を教えてください。

鈴木:時代のニーズについていく、適応力だと思います。ここ数年で35mmフィルムからDCP(デジタルシネマパッケージ)に急速に変化してきました。劇場の音響も大きく変わり、35mmのフィルム上映は無くなり、今はDCP 5.1chが主流でIMAXやドルビーアトモスもあります。現場や仕上げの機材も新しい物を取り入れ、ソフトのアップグレードをしていかないと置いて行かれますね。

※注釈※
(※1)6㎜テープのモノラルレコーダー:スイス製のNAGRA、オープンリールで6mm幅のテープを使うコンパクトなアナログレコーダーで当時の定番の録音機です
(※2)DCP(5.1チャンネル):デジタルデーターによる映画の上映方式で、スクリーンの裏にレフト、センター、ライトの3台のスピーカーと重低音を出すサブウーハー、左後方と右後方に並んでいるサラウンドスピーカーから取り囲むように音が出る(L,C,R,Ls,Rs + LFE)。

鈴木肇(すずきはじめ)
1982年大船撮影所に月契約で入所、4年後フリー、2001年松竹入社。
『岸和田少年愚連隊』で技師デビュー。『釣りバカ日誌』14〜20ファイナル
『ホットロード』、『植物図鑑 運命の恋、ひろいました』、『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』、『居眠り磐音』整音、2019年5月17日公開予定。

<おまけ>教えて!録音技師お勧めの一作

2014年公開『ホットロード』

僕は、バイクが好きで、劇中に絶版となったバイクが出てきたときは興奮しました。世代がドンピシャで、バイクや車の音をこだわって録音しました。

2018年11月20日公開