世界観を作り、溶けこませる衣裳
衣裳 鍜本美佐子
時代を映す鏡、衣服。当たり前のように映る着物姿に、気づけば私たちは歴史の中にタイムスリップをし、物語の世界観へといざなわれていく。今回は松竹京都撮影所より衣裳・鍜本美佐子さんをご紹介します。
Q.鍜本さんが衣裳を志すようになったきっかけを教えてください。
鍜本:私は京都の宇治出身で昔から着物の生地や柄がとても好きでした。社会人になってからは、和装小物や洋服を扱う商社に勤め、働きながら着付けを勉強していました。そんな折、時代物の衣裳も勉強できる場所があると聞き、習い始めると舞台衣裳に興味がわき、その先生から「本気なら紹介する」と言っていただいたので会社を辞め、この世界に飛び込んでみました。が、舞台衣裳は人員が足りており、人手不足だった京都撮影所に派遣されたのが第一歩でした。TVの現場を経験した後、初めて助手として携わった映画は『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(深作欣二監督・1994年公開)です。『御法度』(大島渚監督・1999年)などにも携わらせていただきました。TV時代劇でチーフデビューをした後に、初めて映画で衣裳チーフをしたのは、『花よりもなほ』(是枝裕和監督・2006年)でした。
Q.京都撮影所における衣裳の仕事内容を教えてください。
鍜本:台本が届くと、衣裳プランを立てます。時代劇の場合、歴史上の事件が題材になっていることが多いためそこから時代性を衣裳に反映していきます。例えば、徳川家康の時代だと、まだ戦国を引きずっているため紋様が大きく、袖が細い形になりますが、綱吉の時代だと元禄文化の華やかさを出すようにします。そういった事柄に人物像を合わせてプランを考えていきます。
次に監督と話し合います。見本になる衣裳があれば見せながら話しますが、手元にない場合はイメージに近い文様や色合いをプリントアウトしたり、イラストに描き起こしたりして、なるべく可視化します。話し合いが終わると衣裳を揃えていきます。大体1カ月前くらいから取りかかれるのですが、身分や時代によって使用できる色や紋様、生地が限られているため、必ずしもイメージ通りのものがあるとは限りません。呉服屋さんで探したり染色屋さんで染めたり、色々時間がかかるので、本音を言うと1カ月半は準備に時間が欲しいところです。例えば『決算!忠臣蔵』(中村義洋監督・2019年公開)の場合、少ししか出番のない、通常ならエキストラ扱いの様な人物にまで役名のある“役”としてキャスティグされており、その数なんと120人でした。一人につき一着のみとはいきませんので、用意する衣裳は倍以上の枚数でした。衣裳をある程度集めて衣裳合わせが始まります。そこからはひたすら時間に追われながら、衣裳準備という一番の大仕事を必死でやってクランクインです。
その後は、その日のスケジュールに合わせて衣裳の準備、手入れをし俳優さんたちに着付けをして、撮影現場に立ち会うという日々が、クランクアップまで続きます。
――時代劇だと衣服の時代性が非常に重要になるかと思いますが、それらの知識はどのように得られていくのでしょうか。
現場ですね。京都では衣裳チームはチーフと助手の二人体制が基本です。そのチーフから学ぶのはもちろんですが、俳優さんたちからも沢山学びました。衣裳のことは衣裳部さんが一番分かっていて当然なので、現場につくのは基本助手一人という時もありますが、その場で監督の質問や俳優さんの疑問にも答えなければなりません。信頼される答えを出すためにどれだけ勉強し、現場で経験を積むか、の一言に尽きます。
――チーフと助手とではどういった役割があるのでしょうか。
チーフは監督と衣裳プランについて話しあったり、俳優さんと衣裳の詳細確認をするなど、衣裳デザインの根本を任せられます。ただし、映画などで作品専門の衣裳デザイナーさんがつく場合は、その方の意向を一番に取り入れなければいけません。最近は、絵を描いて細かく指定をするデザイナーさんもいらっしゃいますね。助手は、主に撮影現場に付き、起きる問題に対応をします。基本的には二人体制ですが、作品によっては応援が必要となるため、都度増員をしていきます。
――鍜本さんも若かりし頃は現場で経験を積まれてきたのですね。
今では信じられないくらいの罵声を浴びせられていましたね(笑)。それでも、当時のチーフの方の中には仕事を色々と任せてくださる方もいました。とある撮影で侍が段々と落ちぶれていく様子を衣裳で表現するための配分を任されました。俳優さんに「ここのシーンから落ちぶれていく衣裳を切り替えられた方がいいのではないでしょうか」と提案をしたのですが、結局意見は取り入れられず、別のシーンから落ちぶれた衣裳でいくことになりました。撮影終了後、その俳優さんが私のもとに来て「あなたの言っていた通り、あそこのシーンから切り替えるべきだったね」と言っていただいた時、自分の意志や考えが伝わったことがとても嬉しかったのを覚えています。
Q.これまで手掛けられてきた仕事の中で印象的だった出来事を教えてください。
Q.鍜本さんが考える、衣裳の面白さと難しさは何でしょうか。
鍜本:台本を読んだキャラクターに対して何を着せようか考えて、はまった時は嬉しいです。しかも作品として残すことができる。それが面白さとやりがいですね。でも、時に時代劇では一歩間違えればコスプレ感が出てしまう難しさがあると思っています。以前、奈良時代を舞台にしたあるスペシャルドラマがあったのですが、時代考証的な制約があり、着衣が役職ごとにほとんど決まっていて、制服のようなものでした。衣裳もほぼアレンジができず、決められたものを俳優さんに着てもらうしかなかったのですが、芝居のために衣裳を着ています、という感じに見えてしまって……。何もできないもどかしさがありました。また、着物に着慣れていない方と着慣れている方とでは、歩き方の所作一つでも明らかな違いがあり、同じ着物でも見映えがまるで変ります。最近の若い方は背が高くて細い体格のため、その役らしく見えないことも多々あって苦労します。最近になって考える衣裳の理想としては、お客さまが観終わった後に、作中のキャラクターは覚えていてもどんな衣裳だったか明確に思い出せないぐらいの方がよい気がしてきました。それだけ作品に衣裳が馴染んでいた証でもあると思えるので。
――そういった想いや技術は若い方にどのように伝えられているのでしょうか。
私がまず若い人に伝えているのは「あなたのためを思って教えてあげているわけではない」ということです。あなたのためではなく、作品、現場のためにそして衣裳部として働くために、覚えてもらわなければいけないことを伝えているだけだと。この世界は教科書もマニュアルもありません。現場に行って言われたことを一つずつ積み上げていくしか、成長はできない。どんな些細なしょうもないと思うことでも、自分の頭で考え動くことが大切なのです。そして将来は彼らが自分自身が必要と思うことを取り入れていけばよいと思っています。
Q.SNS上で時代劇の衣裳の色味が話題になるなど、作品を観ている世代の色彩感覚も日々変化をしているかと思いますが、そうした変化は衣裳において影響はあるのでしょうか。
鍜本:色彩感覚の変化による影響は、私はあまり感じませんが、4Kなどの映像技術の発展により、鮮明に映るようになったからこその弊害はあります。ダークな色味でもかなり色彩よく映ってしまうため、わざとワントーン暗い衣裳を選ぶようにしたり、最近では色鮮やかな赤色の小物が使えないということもありました。モアレ(干渉縞)といって、衣裳の縞模様が、画面に波紋のような模様を発生させてしまうこともあります。実際に昔使用されていた色や柄なのですが、カメラなど映像技術の変化によって使うことができなくなることもありました。
Q.最後にこの仕事に求められる素養を教えてください。
鍜本美佐子(かじもとみさこ)
京都府出身。1990年、松竹撮影所衣裳部で働き始める。時代劇から現代劇まで多様なTV、映画衣裳を手掛ける。近年では『居眠り磐音』(本木克英監督・2019年公開)、『引っ越し大名』(犬童一心監督・19年公開)、『決算!忠臣蔵』(中村義洋監督・19年公開)の衣裳を担当。十三代目市川團十郎白猿襲名記念特別企画『桶狭間 OKEHAZAMA~織田信長~』の衣裳も担当している。
<おまけ>教えて!衣裳さんおススメの一作
『レオン』(リュック・ベッソン監督・1994年公開)
衣裳でキャラクターが表現できてると思います。主役はもちろんですが、特にナタリー・ポートマン!
『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』 (テレビドラマ・1999~2007年放送)
本職のマフィアが手がけているんじゃないかと思うほどのリアルな衣裳。役のキャラクターも伝わってきます。