映像を立体的に届ける音作り
調音 清水和法
映画館にいることを忘れさせ、物語の世界へと引き込んでいく没入感。緻密に計算されつくした音の波が客席を飲み込んでいくその裏には、一滴の音の粒にすべてをかける仕事がある。今回は、松竹映像センターより清水和法さんをご紹介します。
Q.この仕事を志すようになったきっかけを教えてください。
清水:高校時代は放送部でラジオドラマを作ったりしていました。進学先を探していたら、横浜放送映画専門学院にラジオゼミがあり、ここだと思って入学しました。しかし、残念なことにラジオゼミ希望の学生がその年は少なく、開講されないことになったんです。それで代わりに、映画の録音を中心とした録音ゼミに入り、そこで初めて映画の録音を知りました。先生方は現場の方が多く、その縁もあって在学中に、『天平の甍』(1980年公開、熊井啓監督)のセット撮影に参加し、録音現場を知ることとなりました。卒業後は『ええじゃないか』(81年公開、今村昌平監督)を皮切りに、録音助手としてマイクを振り、録音部で働くようになり、84年頃から「仕上げ」といって、録音した音の調音・整音をする現場にも、参加するようになりました。
当時は磁気テープメディアといって、カセットテープの中にあるような磁気をもったテープ状のフィルム記録媒体を使ったアナログ環境。磁気テープの編集を高校時代からやっていた私は、即戦力として重宝されました。現在使用されているデジタル機器は皆、このアナログシステムが元になっているため、今思えばこの時の経験は大きかったですね。
清水:96年頃から本格的に、DAW(Digital Audio Workstation)とよばれる、様々な編集作業をコンピューター上で行えるシステムが登場しました。テキストエディターで文字列を編集する感覚で音を扱うことができ、今まで大きなシステムを用いなければできなかった、沢山の音を一つに集約する作業をコンピューターの画面上で、簡単に出来るようになったのです。職人技部分とスタジオで行う編集部分をコンピューターに委ねる事により、自分の感覚や経験だけで音響制作が出来るようになり、仕上げ作業への道が開けたのかなと思っています。
清水:05年『野田版 鼠小僧』を皮切りにシネマ歌舞伎をやると決まった時、当時の担当者から「映画館でやるために5.1ch(※1)の音にできないか」と持ちかけられたことがきっかけでした。舞台中継であれば、雑音やノイズが多くてもハプニングという意味でのリアリティがあってよいのですが、シネマ歌舞伎は「シネマ」という名前がついている通り、歌舞伎を映画としてお客様に提供する仕掛けです。突発的なノイズを除去し、何度でも鑑賞できる普遍的なものにしていく必要がありました。「舞台中継を大きなテレビで観ているようにならないためには、どうしたらよいのか……」。それが、プロジェクトに関わる上での、一番のテーマでした。
Q.シネマ歌舞伎の調音・整音作業はどのようにして進行していくのでしょうか。
清水:はい。新橋演舞場と歌舞伎座を比べると舞台の横幅が違うので、音の分離感が違ってきます。被りつまり音の重複度合が違ってくるのです。被りが多いと太鼓や笛が多い作品は、苦労します。また、『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』や『野田版 桜の森の満開の下』といった作品は、台詞バックの音楽を実際の舞台よりドラマチックなバランスに調整したり、映像化ならではの工夫を加えたりしています。音響が整ったところで、映画館の環境を持つダビングステージで監督と共に最終の音響調整を行い、作品によっては歌舞伎俳優さんに監修していただいて終わります。これらを約3週間かけて行っていきます。
清水:やはり映像が主になるので、映像がどういう風に見えるかでしょうか。音が変わると見え方も変わってきます。面白いことに映像が綺麗になると、音も良くなったように感じるものです。
Q.これまで多くのシネマ歌舞伎を手掛けられている清水さんですが、記憶に特に残っているのはどういった作品でしょうか。
Q.アナログからデジタルへの流れの最中で、現在の音作りがされていると思いますが、映画業界全体として整音・調音ができる人材は不足しているのでしょうか。
(※1)DCP(5.1チャンネル):デジタルデーターによる映画の上映方式で、スクリーンの裏にレフト、センター、ライトの3台のスピーカーと重低音を出すサブウーハー、左後方と右後方に並んでいるサラウンドスピーカーから取り囲むように音が出る(L,C,R,Ls,Rs + LFE)。
(※2)クリーニング:すべての音のノイズ除去をするのではなく、映像にあった音にするために最低限必要な雑音やノイズを残した上で、除去をする作業。
清水和法(しみずかずのり)
1980年よりフリーランスで撮影現場に従事した後2004年から松竹(株)と契約。シネマ歌舞伎に立ち上げから参加し以後33本の調音を担当、その他音楽エディターとして『母べえ』以降の山田監督作品に参加、『東京物語』等旧作のサウンドトラック修復を担当。
<おまけ>教えて!調音さんお勧めの一作
『太陽がいっぱい』(1960年公開、ルネ・クレマン監督)
子どもの頃に観て、感銘を受けた作品。今でも印象に残っています。